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文化祭編『第5話』

「夏樹、大丈夫か? 変なことされてないか?」  市川がこちらの様子を窺ってくる。  夏樹はパタパタと袖をはたき、いつもの口調で答えた。 「大丈夫ですよ。というか先生、タイミングいいですね」  いや、ある意味悪かったのかもしれない……とも思う。おかげで「痴漢撃退法」を試しそびれてしまった。 「ちょうど夏樹の淹れた茶を飲みたくなってさ。たまたま立ち寄ったら今の有様だ。お前、やっぱり男にモテるな」  ……不名誉なモテ方だ。 「でも……この着物を着てるだけで、なんでそんなに男性客にモテるんですか?」 「そりゃあ、夏樹が可愛いからに決まってん……いてっ!」  ベシッと引っぱたいてやったら、市川はボリボリと頭を掻いた。 「……物珍しいんじゃないか? 今の若い連中は着物を着ることも少ないからさ。着物で女装しているとなったら、話題性もあるだろ」 「……そんなもんですかね」  言われてみれば、納得できないこともない。  今時、フリフリのエプロンを着ているメイドなど山のようにいるし、文化祭で女装している男子生徒だって割と一般的だ。「物珍しい」という市川の説は、当たらずとも遠からずかもしれない。 「というか、この衣装提供したの、先生でしょ」 「うん。そうだけど、何?」 「何じゃない! なんでこんな衣装用意したんですか! 普通に制服にエプロンでよかったのに!」 「でも『純喫茶』なんだろ? だったら和の雰囲気が出てた方がいいじゃん」 「『純喫茶』ってそういう意味じゃないですよ! コーヒーや紅茶を提供する以外、特別なサービスをしない喫茶店のことを『純喫茶』って言うんです!」 「え、そうなのか? 俺はてっきり『和風の喫茶店』のことかと」 「…………」  ……さすがは、筋肉馬鹿の変態教師である。

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