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文化祭編『第6話』
だが市川はヘラッと笑ってこう言った。
「ま、いいじゃないか。着物を着ながら仕事することも、将来的にはあるかもしれないんだからさ。今のうちに慣れておいた方がいいって」
「……将来的にも、絶対ないと思うんですけど」
「まあまあ。それより夏樹、俺にもお茶一杯くれないか?」
「……はいはい、わかりましたよ」
仕方なく夏樹は裏方のキッチンに戻り、市川に出すお茶を淹れた。日頃の気持ちを込めて、他のお客さんよりも丁寧に淹れてあげた。
ついでに月見団子をふたつほどお盆に乗っけて、席に持って行ってやる。
「お待たせしました。どうぞ」
「おっ、サンキュー。お茶菓子付きとは気が利いてるねぇ」
「『お菓子も持ってこい』って言われるのが面倒だったんで一緒に持ってきただけです」
「いいよ、いいよ~! そういう気遣い、大事だぜ」
上機嫌に笑ってから、市川は湯飲みに口をつけた。
「うん、美味い。抹茶もいいけど、緑茶の方が手軽に飲めていいな」
「……? 先生、抹茶なんて飲むんですか?」
「まあ、たまにな。一週間に一回程度だけど」
「……それ、結構な頻度だと思いますけど」
というか、彼が抹茶を嗜んでいるところなんて見たことがないのだが。
(というか抹茶って、泡立て器みたいな専用の道具使わないと飲めないよね……?)
市川の家には何度も行ったことがあるが、抹茶を飲むのに必要な道具なんてあっただろうか。キッチンの戸棚にも、そんな道具はなかったように思う。
嘘か本当か首をかしげていると、市川が苦笑混じりにこちらを見てきた。
「お前、いろいろ疑ってるだろ」
「だって全然イメージ湧かないんですもん。今までそんな素振り、一度も見せたことないし」
「なるほど、確かにな。じゃあ、仕事終わったら抹茶ごちそうしてやるよ」
「えっ……?」
「お前、ここの手伝い一時までだろ? 終わったらそのまま茶室に来いよ。待ってるから」
「……? この学校に茶室なんてありましたっけ?」
「あるだろー? 校舎裏の離れに、こぢんまりとさー」
……そんなところに茶室があるなんて、茶道部以外は知らないと思うのだが。
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