103 / 282

文化祭編『第9話』

 キチンとネクタイを結び直し、夏樹は翔太と校舎裏の離れに向かった。  普段は滅多に来ることのない(というか、ぶっちゃけ初めて来た)場所には、確かにこぢんまりとした和風の建物があった。小さいけれど決して貧相ではなく、ほのかな品格が漂っている。 (これが茶室か……)  初めて訪れた場所なのに、不思議と身体に馴染むような気がする。日本人のDNAに組み込まれている「和」の心が、静かに刺激されるような感覚がある。  茶道ってハードルが高いと思ってたけど、俺……意外とこういうの好きかも……。 「おっ! やっと来たな。準備できてるぞ~」  タイミングよく市川が茶室から出て来てくれた。いつものジャージ姿ではなく、ちゃんと着物に袴を纏っている。 (うわぁ……)  意外な姿に思わず見入ってしまった。さすがにジャージでお茶は点てないだろうと思っていたけれど、まさか着物を着ているだなんて。なんだか全然違う人に見える。 「……って、あれ? あのお稽古用衣装、脱いじゃったのか? そのまま来いよって言ったのに」 「え? そのままって、そういう意味だったんですか?」 「そうだよー。他に何の意味があるんだ?」 「……そんなことまで考えてませんでしたよ」  気を取り直して、夏樹は翔太と茶室に入った。  中は六畳ほどの広さだった。床の間には茶花、掛け軸が飾られており、意外と本格的な作りになっている。 「へえ~! 茶室ってこんな感じなんだねぇ~」  と、翔太はスマホのカメラでパシャパシャ写真を撮り始めた。漫画研究部に所属しているせいか、彼はよく資料として風景や衣装等をスマホに保存することが多い。今回夏樹に同行したのも、抹茶の写真を撮りたかったからかもしれない。 「あ、先生。ついでに着物の写真撮っていいですか?」 「おう、いいぞ。好きなだけ撮ってくれ」  市川はモデルのようなノリで、着物の正面から背面、袴まで細かく撮影させていた。  ……こういうところは、ややナルシストな変態教師らしい。

ともだちにシェアしよう!