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文化祭編『第10話』
ようやく翔太が満足したところで、市川がこちらに目をやった。
「夏樹は撮らないのか?」
「撮りませんよ。そんなの興味ないし」
「なんだよ、一枚くらい撮ればいいのに」
結構です、と素っ気なく断る。
興味がないわけではなかったが、彼氏の写真をスマホに残すということが少々恥ずかしかったのだ。それに、付き合っていれば彼の袴姿くらいいつでも見られるだろうし。
「じゃ、そろそろいいか? 簡単だけど、『薄茶』の点前をするぞ」
そこに座って、と言われた場所に腰を下ろし、正座する。「あくらでもいいぞ」と言われたが、茶室内であぐらをかくのはやや失礼な気がして、夏樹は意地でも正座しようと決めた。
「ところで先生、『薄茶』ってなんですか?」
「ああ、それはアレだ。店で出てくるような一人前の抹茶のことだよ。『濃茶』ってのもあるんだけど、そっちは複数人で飲み回しするんだ」
「へえ……」
「まあ、濃茶の点前はちょっと複雑だから、学校ではほとんど教えないと思うけどな」
そう解説しつつ、市川が順番に道具を運んでくる。
夏樹には馴染みのない道具ばかりで、唯一わかったのは柄杓くらいだった。市川は道具の名前や用途をひとつひとつ教えてくれたけれど、さすがに全てをいっぺんに覚えることはできなかった。
「ふんふん……これが『棗』に、こっちが『茶筅』と」
翔太は市川の解説を聞きながら、熱心にスマホをパシャパシャやっている。これもきっと漫画の資料になるのだろう。
(ていうか先生、本当にお茶できたんだな……)
実際にこの目で見るまでは半信半疑だった。普段筋トレばかりしている体育教師が、こうして和装して茶を点てているという光景は、夏樹にとってはものすごく新鮮だった。
この筋肉馬鹿の変態教師が、茶道の先生でもある……か。
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