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冬休み編『第10話』
「……そっか」
市川はガシガシと頭を掻いた後、溜息混じりに言った。
「なんか機嫌も悪いみたいだな。それなら俺からはもうは近づかないよ。元気になったらまた話しかけてくれ」
「いえ、あの……」
「クリスマスも風邪が治ったらでいいから。無理してもしょうがないしさ」
「…………」
「じゃあ、お大事にな」
そう言って、くるりと背を向ける市川。
機嫌が悪い時はむやみやたらと話しかけない。それが彼の気遣いだ。自分の機嫌は自分で直すべきであって、相手に八つ当たりしていいのはせいぜい小学生まで……そう考えているらしい。
その大人の対応は嬉しかったけれど、今の夏樹には胸が痛かった。
(先生……)
思わず泣きそうになって、ぐっ……と拳を握り締める。
本当は彼にすがり付きたかった。「先生、助けて」って叫びたかった。
でもそれをやってしまったら、市川に事情を話さないわけにはいかなくなる。
夏樹が市川と距離を取って、河口におとなしく従っていれば……そうしているうちは河口だって関係をバラすことはないだろうし、市川の迷惑にはならないはず。
だから……河口が卒業するまで三ヶ月……我慢しなくちゃ……。
「っ……」
滲んできた涙を無理矢理拭い、夏樹は顔を上げた。自分自身を奮い立たせるように何度も深呼吸を繰り返し、市川の背を見送った。
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