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冬休み編『第26話』
市川は淡々と続けた。
「俺とつき合ってると、お前はロクな目に遭わない。守ってやれないどころか、傷つけて怪我まで負わせてしまう始末だ。これじゃ彼氏失格だ」
「それは……」
「だからもう別れよう。短い間だったけど、お前とつき合えて本当に楽しかった。お前みたいに可愛くていい子だったら、俺よりもっといい彼氏作れるから……」
穏やかだけど、有無を言わさない口振りだった。
市川は軽くポンポンと髪を撫で、少し悲しげに微笑んだ。
「……じゃあ夏樹。元気でな」
それだけ言って、くるりと踵を返す。市川の背がどんどん遠ざかっていく。
(待ってよ先生……!)
そんなこと言わないでよ。俺の話も聞いてよ。
俺は先生に迷惑かけないように、今まで河口の仕打ちに耐えてきたんですよ。何をされたとしても、数ヶ月我慢すればまた元に戻れる……先生と一緒に過ごせる……そう思ってずっと耐えてきたのに……!
(先生、行かないで……!)
走ってすがりつきたかったのに、何故か足が動かなかった。金縛りに遭ったみたいに全身が固まってしまい、ただその背中を見送ることしかできない。
市川の姿が見えなくなったところで、ようやく金縛りが解けた。
夏樹は我に返って市川を追いかけた。
けれど既に市川の車は走り去ってしまった後で、道路に出てみてもその影はどこにもなかった。
「…………」
仕方なく、とぼとぼ家に戻る。自分の部屋に閉じこもり、ぐったりとベッドに身体を預けた。
(「別れよう」なんて……そんなの、嘘に決まってる……)
あれはきっと一時的な気の迷いだ。いろいろなことがいっぺんに起こったから、先生も少しネガティブになっていたんだ。きっとそうだ。
(まあいいや……)
今は何も考えたくない。
明日になれば頭も冷えるだろうし、電話してちゃんと話し合えば関係も元に戻るはずだ。俺たちが別れる必要なんて全然ないんだから……。
夏樹は気を失うように眠りについた。夢も見なかった。多分、今日の出来事そのものが夢だったからだろう。
次に目覚めた時は、顔の怪我も全部消えていて、市川とイチャイチャしながら年末年始の過ごし方を考えている。そうに違いない……。
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