139 / 282

冬休み編『第26話』

 市川は淡々と続けた。 「俺とつき合ってると、お前はロクな目に遭わない。守ってやれないどころか、傷つけて怪我まで負わせてしまう始末だ。これじゃ彼氏失格だ」 「それは……」 「だからもう別れよう。短い間だったけど、お前とつき合えて本当に楽しかった。お前みたいに可愛くていい子だったら、俺よりもっといい彼氏作れるから……」  穏やかだけど、有無を言わさない口振りだった。  市川は軽くポンポンと髪を撫で、少し悲しげに微笑んだ。 「……じゃあ夏樹。元気でな」  それだけ言って、くるりと踵を返す。市川の背がどんどん遠ざかっていく。 (待ってよ先生……!)  そんなこと言わないでよ。俺の話も聞いてよ。  俺は先生に迷惑かけないように、今まで河口の仕打ちに耐えてきたんですよ。何をされたとしても、数ヶ月我慢すればまた元に戻れる……先生と一緒に過ごせる……そう思ってずっと耐えてきたのに……! (先生、行かないで……!)  走ってすがりつきたかったのに、何故か足が動かなかった。金縛りに遭ったみたいに全身が固まってしまい、ただその背中を見送ることしかできない。  市川の姿が見えなくなったところで、ようやく金縛りが解けた。  夏樹は我に返って市川を追いかけた。  けれど既に市川の車は走り去ってしまった後で、道路に出てみてもその影はどこにもなかった。 「…………」  仕方なく、とぼとぼ家に戻る。自分の部屋に閉じこもり、ぐったりとベッドに身体を預けた。 (「別れよう」なんて……そんなの、嘘に決まってる……)  あれはきっと一時的な気の迷いだ。いろいろなことがいっぺんに起こったから、先生も少しネガティブになっていたんだ。きっとそうだ。 (まあいいや……)  今は何も考えたくない。  明日になれば頭も冷えるだろうし、電話してちゃんと話し合えば関係も元に戻るはずだ。俺たちが別れる必要なんて全然ないんだから……。  夏樹は気を失うように眠りについた。夢も見なかった。多分、今日の出来事そのものが夢だったからだろう。  次に目覚めた時は、顔の怪我も全部消えていて、市川とイチャイチャしながら年末年始の過ごし方を考えている。そうに違いない……。

ともだちにシェアしよう!