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冬休み編『第29話』

 いても立ってもいられなくなり、夏樹は自宅を飛び出した。そして市川のマンションに向かった。連絡が取れないなら、直接会って話をするしかない。  小一時間で市川のマンションに到着し、呼び鈴を押した。けれど人が動く様子はなく、それどころか誰かがいる気配もなかった。そう言えば、窓の明かりが全部消えている。 (先生、いないのか……?)  もしかして実家に帰っているのだろうか。それならそうと一言くらい言って欲しいものだ。何も言わずにどこかに行ってしまうなんて、水くさいじゃないか……。 「……バカ」  感情をぶつける相手がいないのでは仕方がない。スッキリしない気持ちを引きずったまま、夏樹はマンションを後にした。 ***  翌日になってもその次の日になっても、LINEに既読はつかなかった。何度か電話もしてみたが、市川が出てくれることはなかった。  そんな日がずっと続くと、不安よりも「またか」という気持ちが強くなり、次第に怒りを覚えるようになってきた。  恋人の顔に怪我を負わせたくせに、一方的に「別れよう」とほざいた挙句、こっちの話も聞かないなんて、なんて自分勝手なんだろう。  というか、よくよく考えたら俺にはほとんど非がないじゃないか。そりゃあ先生に相談しなかったのはよくなかったかもしれないけど、それだって先生のことを思ってあえて相談しなかったんだから責められる謂れはない。 「あああ、もうっ!」  腹立ちまぎれに、夏樹はバフッとベッドにダイブした。数回枕を殴りつけ、ごろんと天井を睨みつける。  もう市川先生なんて知らない。新学期が始まれば嫌でも顔を合わせることになるんだし、それまで放っておこう。せっかくの年末年始なんだ、あんな変態教師のことで悩むなんてもったいない。学校で再会したら思いっきり腹にパンチしてやるとして、冬休みの間は先生のことは考えないようにしよう。  ふて寝するように、夏樹は布団にくるまった。額の傷が疼く度に心臓の片隅も痛んだけれど、気のせいだと思い込むことにした。  先生なんて、知らないもん……。

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