145 / 282
冬休み編『第32話』
始業式が終わるやいなや、夏樹は翔太と共に市川のマンションに向かった。自分から会いに行ってやるのはシャクだったが、これ以上問題を先延ばしにしても仕方がない。
「へえ……市川先生って結構いいマンション住んでるんだね。もっと安いアパートに住んでるのかと思ったよ」
通い慣れた市川のマンションに着いた途端、翔太が感嘆の溜息を漏らした。
市川が住まいにしているところは、間取りのゆったりした1LDKのマンションである。夏樹が寝泊まりしていても窮屈に思ったことはないから、男の一人暮らしにしてはなかなか贅沢な場所かもしれない。
(考えてみれば先生、お金には結構余裕あるみたいだったしな……)
高校の若手教員の給料なんて、たかが知れていると思う。どうやって稼いでいたのか知らないが、他にも何かしらの所得があったのだろう。
そう言えば、夏休みに元カノの伶花さんが「彼は『茶道の時期お家元』だ」と言っていたような気がする。「茶道のお家元」がどれほど社会的ステータスを持つのかは知らないけれど、それ関連での稼ぎがあったのかもしれない……。
「……なっちゃん? どうかした?」
「あ、いや……なんでもない」
ぼんやりとエレベーターに乗っていたら、翔太に顔を覗き込まれた。
まあ考え事は後だ。まずは先生に会って、たっぷり文句を言ってやらなきゃ。
七階で降りて、市川の部屋の前まで行く。学校終わってすぐの時間帯だから、もしかしたらいないかもしれない……と思ったけれど、とりあえず呼び鈴を押してみた。
反応はなかった。
「……いないみたいだね。どうする、なっちゃん?」
「また行き違いになるのも面倒だしな……。俺は先生が帰ってくるまで、ここで待ってるよ。翔太はどうする?」
「んー……じゃあ僕も途中まで待ってようかな。一人で待ってると、コンビニ行きたくなった時とかいろいろ不便だしね」
「そっか……。ありがとう、翔太」
と、二人でドアの前に座り込みをしようとした時。
「あの~……」
不意に横から話しかけられ、夏樹はびっくりして振り返った。人のよさそうな中年女性が、こちらに視線を注いでいた。
ともだちにシェアしよう!