161 / 282

春休み編『第6話』

 目の前には、和風の高級旅館らしき建物が聳え立っていた。 (これが先生の実家……)  ここが噂に聞く「真田流本家御家元」のお住まいらしい。門を開ける前から背筋がピシッと伸びる心地がする。今更だけど、だんだん緊張してきた。 「ふー……」  とはいえ、ここで怖気づくわけにはいかない。  夏樹は勇気を出して木製の門を開けた。インターフォンのようなものがなかったので、「ご自由にお入りください」という意味だと勝手に解釈することにした。  建物の扉の前まで行き、周りの様子を確かめる。これまたインターフォンのようなものはなかった。  仕方なく、翔太に確認してみる。 「……これ、勝手に開けていいと思う?」 「いいんじゃない? 多分、昔ながらの家なんだと思うよ。ほら、よくあるじゃない? 扉を開けて玄関で『ごめんくださーい』って言うやつ」 「……はあ、やっぱりか。面倒だなぁ……」  さすがに少し辟易したが、文句を言っても仕方がない。  夏樹は思い切って扉を開け、玄関で声を張り上げた。 「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー?」 「……はーい、ちょっと待ってくださいねー!」  廊下の奥から声が聞こえ、しばらくして若い二十代の男性がやってきてくれた。紺色の和服に身を包んでいる、端整な男性だ。穏やかで優しそうな雰囲気をしている。  ただ、杖をついているのでかなり歩みが遅かった。どうやら足が悪いらしい。  男性は夏樹たちを眺めて、少し首をかしげた。 「ええと、どちら様かな? 入門希望者……ではないよね?」 「は、はい。あの、こちらに市川……じゃない、『真田健介』さんはいらっしゃいますか?」 「ああ、健介のお客さんか。健介なら今ちょうどお稽古が終わったところだから、呼んで来てあげるよ」 「あ、でも……」  杖ついている人に歩かせるのは悪いな……と思っていると、奥から軽快な足音が聞こえて来た。その人物は、杖の男性と同じく紺色の和服を着ていた。

ともだちにシェアしよう!