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春休み編『第7話』

「おいおい祐介(ゆうすけ)、無理すんなよ。歩くの大変だろ」 「大丈夫だって。それより健介、お客さんだ」 「はっ? 客……?」  真田健介(さなだけんすけ)――もとい、市川慶喜(いちかわよしのぶ)がこちらに目をやった。夏樹は、彼の顔が驚愕に染まっていくのをじっと睨みつけた。 「……久しぶりですね、先生」 「夏樹……」  驚きのあまりその場に固まってしまっている市川。  夏樹は素早く彼に駆け寄り、鳩尾に思いっきりパンチしてやった。 「うごっ!?」 「……会えたら腹にパンチしてやろうって決めてたんです。悪く思わないでくださいね」  目を白黒させている市川を、今度はギュッと抱き締めてやる。もう二度と逃がさないように強く、強く。 「先生のバカ……バカ、バカ……!」 「夏樹……」 「……先生なんか、大嫌い……」 「…………」  市川の呼気が耳元を掠めた。それが何の意味を示すのか、夏樹にはわからなかった。 *** 「話したいこともあるだろうし、離れの茶室を使ったら? あそこなら今日は誰も使わないはずだから」  と、杖持ちの男性――確か「祐介さん」だったか――が言ってくれて、夏樹はそこで市川と話をすることになった。翔太は別室で、祐介にもてなされているらしい。 (そう言えば、文化祭の時も学校の茶室で先生と二人きりになったっけ……)  思えば、それがゴタゴタの始まりだった。市川とイチャイチャしていたところを河口に目撃されて以来、平和な日々が一変して一気にトラブルが舞い込んできた。  河口に脅されるわ、複数の男にマワされるわ、顔に怪我を負うわ、その後市川とは連絡が取れなくなるわ、さんざんな目に遭った。  でも、それがなかったら夏樹はここまで来ていなかっただろう。市川のお家事情を知る機会もないまま、ただイチャイチャするだけの薄っぺらい関係を続けていたと思う。  だからこれもきっと、ある意味でいい流れだったのだ。

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