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春休み編『第11話』

 以前教わった作法を一生懸命思い出す。  確かお茶碗を手前に二度回すんだっけ。それは正面で飲むのを避けて、飲み口を右横に持ってくるためだった……確か。  四五度ずつ手前に回し、一口抹茶を含んだ。 (苦い……)  以前飲んだ時よりもずっと苦かった。少なくとも今はそう感じた。 「祐介の足がダメになったのは、俺のせいなんだ」 「えっ……?」  市川がポンと投げ出すように言った。夏樹は顔を上げて彼を見た。  市川の表情が暗い。いつも明るくポジティブな市川しか知らないから、なんだか別人みたいだった。  夏樹はなるべく穏やかな口調で言った。 「そんなことないでしょ。先生は、誰かにわざと危害を加えるようなことはしない人です」 「いや……俺のせいなんだ。俺が無理なツーリングに誘ったりしなければ……」 「ツーリング……ですか」 「ああ、そうだよ」  それを聞いて、おおよその事情は察しがついた。  きっと祐介は市川とのツーリングの最中に事故に遭い、足が悪くなってしまったのだろう。ツーリングに誘った側の市川は、その責任を感じてしまっているらしい。 「祐介、免許取ったばかりだったのにな……。でも俺、祐介と一緒に出掛けられると思って嬉しくなっちゃってさ。美和さんの反対を無視して、ツーリングに行っちまったんだ」 「……美和さんって?」 「祐介の母親だよ。俺とは相性がよくないから、あまり関わらないようにしてるけど」  要するに、家元の正妻とは仲がよくないということだ。 (よくありそうな話だな……)  正妻の立場からすると、妾の息子はなかなか可愛く思えないのかもしれない。家元の座を争う相手ともなれば、なおさらだ。  市川は更に続けた。

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