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春休み編『第27話』

 結局、夏樹と翔太は祐介のお友達という形で、母屋の南側にあるゲストルームを使わせてもらうことになった。  ここでも市川は「俺の部屋で一緒に寝ない?」と誘ってきたが、夏樹は「何言ってるんですか」とすげなく断った。  隔離されている茶室ならともかく、家族が寝静まっている時間帯に堂々とイチャイチャするわけにはいかない。いくらなんでも、そこまで節操なしじゃない。 「……なっちゃん、これからどうするの?」  夜、ゲストルームで寝る準備をしていた時、翔太が話しかけて来た。  夏樹はパジャマに着替えながら、聞き返した。 「どうって、何が?」 「市川先生とのことだよ。仲直りできたってことは、これからも関係は続けるってことでしょ? 卒業するまでは遠距離になるの?」 「あー……まあ、そうか。そういうことになるんだよな……」  そう思ったら、少し不安になってきた。関東圏ならともかく、東京と京都は頻繁に会える距離ではない。市川の実家は電波が届きにくい場所にあるから、連絡も取りづらくなるだろう。 (俺は多分大丈夫だけど……先生、浮気とかしないだろうな?)  長期休暇の度に市川を呼び出す、あるいはこちらから出向くかしないと、下手したら自然消滅してしまうかもしれない。大学は京都の方に進学すればなんとかなるけど、夏樹が高校を卒業するまでは遠距離のまま関係を保ち続けなければならないのだ。 (ああ……地味にめんどくさい)  もうタクシー代わりに市川の車に乗れない……お腹が空いた時に気軽にコンビニに行ってきてもらえない……みたいなくだらないことはともかく、生理的な疼きが発散できなくなるのは困りものである。  今までは顔を合わせる度にそういう展開になっていたから、ストレスが溜まることはなかったが、これからは溜まる度に自分で発散しなければならない。そう思うと、いささか憂鬱になる。  順調に京都の大学に進学できたとしても、その後自分はどういう体で市川とつき合っていけばいいのだろう。自分の立場は、真田家の中ではどうなるんだろうか。年下の友達か、唯一の弟子か、それとも……?  その時、ゲストルームのドアをトントンと叩く音が聞こえて来た。

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