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春休み編『第28話』

「失礼、ちょっといいかな」  市川かと思ったら違った。現れたのは杖をついた祐介だった。 「もう寝るところだった? タイミング悪くてごめんね。ちょっと夏樹くんとお話したかったんだけど……」 「え? あ、はい……大丈夫です」  夏樹は誘われるがまま、祐介に連れられて屋敷の外に出た。白い月が整備された庭を明るく照らしていた。  三月下旬とはいえ、夜の気温はまだ低い。パジャマ一枚では少し肌寒く感じた。 「これ羽織るといいよ」  と、祐介が男性用の羽織を差し出してくる。それは文化祭の時に市川が来ていた羽織と同じだった。 「あ……ありがとうございます」  少し照れながらそれを羽織る。なんとなく市川に包まれているような気分になり、もれなく心までポッと温かくなった。 「夏樹くんは、健介とつき合ってるんだよね?」 「えっ? あ、それは……」 「ああ、大丈夫だよ。僕はそういうのに偏見はないから。健介の性癖も知ってるし……お互い合意の上なら、自由恋愛万歳という感じだ」 「は、はあ……そうですか……」  ……まあ、あのシミのついた畳を見ても平然と市川と会話し続けていたのだから、今更驚くことでもないのかもしれない。  祐介はゆっくりと杖をつきながら歩き出した。 「……でも、健介の嫁としてうちに来るのはちょっと難しいかもしれないな。僕は偏見ないけど、バイセクシャルに否定的な家人もいるからね」 「……ええ、そうですよね」 「かと言って、健介の弟子というのもなかなかね。なれないわけじゃないけど、今まであえて弟子をとってなかった分、いきなり弟子をとったらどういう風の吹き回しかと思われる。家元の直弟子になりたい人はいっぱいいるから、夏樹くんを弟子にするなら他の志願者も弟子にしないと」 「……それは確かに」 「一番いいのは住み込みのお手伝いさんかなと思うんだけど、うちはそこそこしきたりも多いから慣れるまでは大変だと思う。夏樹くん、そういうしきたりは大丈夫?」 「大丈夫ですよ」  実際はやってみないとわからないのだが、それくらいでヘコたれるくらいなら最初からこんなところに来ていない。

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