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春休み編『第29話』

 夏樹は試しに聞いてみた。 「ちなみにお手伝いさんってどういうことをするんですか?」 「家の雑用全般かな。家事ができるのはもちろんだけど、家元やその弟子の身の回りの世話もすることがあるよ」 「そ、そうですか……」  ……ちょっと不安になってきた。 (家事、あんまり得意じゃないんだけどな……)  あと一年で、炊事や掃除を練習しておかないとマズいかもしれない。受験勉強も必要だが、花嫁修業も必要ということか。  ふと、祐介が足を止めた。夏樹もつられて立ち止まった。そこには六文銭を象った大きなつくばいがあった。  夜でも鹿威しの先から、ポタ……ポタ……と水滴が落ちている。水道の元栓がわずかに緩んでいるような感じだ。 「あの……水、ちゃんと止めなくていいんですか?」 「いいんだよ。水面を波立たせておかないとボウフラが湧きやすくなるからね」 「えっ? そうなんですか?」 「そうだよ。わざと一定間隔で水滴を落として、夜でも水面を波立たせているんだ。何も知らないお手伝いさんは、完全に水止めてよく怒られるんだけどね」 「へえ……」  それはいいことを聞いた。忘れないように、心のノートにメモっておこう。 「それより夏樹くん、ちょっとここ見てくれる? 文字が書いてあるでしょう」 「……え? どこですか?」 「このつくばいの周りに。大きな口を中心に、時計回りに読んでみるとある文章が浮かび上がってくるんだよ」 「えっ? ホントに?」  夏樹は目を凝らしてつくばいを見やった。六文銭のつくばいに、四つの文字が刻まれている。上、右、下、左の順に、「五、隹、疋、矢」と書いてあった。一体何て読むのだろう。 「つくばいの『口』も合わせると、『吾唯足知(われ、ただ、たるを、しる)』って文章になるんだよ。逆に『われ、ただ、たらざるを、しる』って解釈する人もいるけど。ちなみにこれは龍安寺にあるヤツが一番有名で、ここにあるのはそれを模したものなんだけどね」

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