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春休み編『第30話』

「へええ……そうなんですか。ちなみに、意味は……?」 「いろんな解釈があるけど、ものすごく噛み砕いて言うなら『あまり欲張らないように』ってところかな。自分が満ち足りていることを知りなさい、満足していることを知って、それ以上は求めないようにしなさい……みたいな」  そう言いながら、祐介は軽く微笑んだ。 「まあ欲のない人なんていないから、『あれもこれもと手を出すんじゃなくて、自分の一番大事なものが守られてるならいいか』……みたいな感じに解釈してるよ、僕は。例え足が不自由になっても、次期家元じゃなくなっても、こうして標準以上の生活はできてるわけだからね。立礼式のお点前はできるし、何も嘆く必要はないってことさ」 「祐介さん……」 「だから夏樹くん、きみも『これだけは譲れない』っていう一点以外は、適当に流しちゃっていいと思うよ。健介との関係を続けたいなら、それくらいおおらかな気持ちでいた方がいいかもしれない」 「……はい、わかりました」  確かにその通りだ。  遠距離恋愛は困るとか、身体の疼きが云々とか、真田家の立場がどうなるとか、そんなことはどうでもいい。  夏樹にとって一番大切なのは、市川と相思相愛でいること。それさえクリアしてしまえば、あとの問題など自分にとっては些細なことである。 (ま……なんとかなるだろ)  先のことをうじうじ悩んでいても仕方がない。今までだってどうにかなってきたんだから、これからもきっとなんとかなる。祐介さんもいい人だし、敵ばかりじゃないはずだ。 「ありがとうございます、祐介さん。俺、頑張ります」 「そうだね、夏樹くんにはめげずに頑張ってもらわないと。でないと健介が、どうにも腑抜けてしまってしょうがないんだ」 「先生って、そんなに腑抜けていたんですか?」 「まあね。突然学校を辞めて帰ってきた時なんか、半分抜け殻みたいになってたかな。しばらく上の空で、お稽古にも身が入らずに家元にかなり怒られてたよ」 「そ、そうですか……」  先生も意外と情けないなぁ……と思うが、それだけ自分に未練があったということだから、ある意味ではちょっと嬉しい。

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