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春休み編『第31話』

 祐介は更に言った。 「あれで健介、意外と責任感は強いからね。僕をツーリングに誘って結果的に事故った時だって、かなり自分を責めていたものだよ。別にあれは健介の責任じゃなくて、調子に乗ってスピード出した僕が悪かったんだけど。でも、うちの母にはかなり罵倒されてて気の毒だったな」 「そう……なんですか」 「きみとのことも、かなり悩んでたんだけどね。でも、今日でだいぶ吹っ切れたみたいだ。健介はあの通り結構な変態だけど、これからも仲良くしてあげて欲しい。夏樹くんがいないと、健介も調子が狂っちゃうみたいだからさ」 「……はい、もちろんです」  笑いかけてくる祐介に、こちらも微笑みを返した。水滴がポタ……とつくばいに落ちる音が聞こえた。 (「吾唯足知(われ、ただ、たるを、しる)」……か)  ふと疑問に思い、夏樹は祐介に目をやった。 「祐介さん、ひとつ聞いていいですか?」 「何かな?」 「祐介さんにとって、一番大事なことって何なんですか?」 「ふふ……さて、なんだろうね?」  祐介は軽くはぐらかすだけで、ハッキリ答えてくれなかった。けれどきっと祐介には、家元になる以上に大事なことがあるのだろうと思った。  夏樹には想像できないことだけど、祐介は祐介なりに折り合いをつけて生きているのだ……。 「おい、二人とも何してるんだ? こんなところで」  振り返ったら、寝間着姿の市川が下駄をつっかけて歩いてきた。東京のマンションで見たような就寝用のジャージではなく、温泉宿で見るような浴衣姿だった。ちょっと寒そうだ。 「ああ、健介。ちょっと夏樹くんとお話してたんだよ。健介をよろしくってさ」 「そうなのか? でも、こんな夜に出歩くのはよくないぜ? 足元も暗いし、気温も低いしさ」 「健介は心配性だね。今夜は月も明るい。うちの庭で散歩するくらいどうってことないさ」 「……まあ、そうかもしれないけどな。でも、そろそろ家に戻ろうぜ」  市川は祐介に手を差し伸べ、祐介は当たり前のように市川と腕を組んだ。  足の悪い人を気遣う動作のはずだったのだが、夏樹には何故か全く違うもののように見えてしまった。 (祐介さん、もしかして……)

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