198 / 282
体育祭編『第4話』
夏樹は口を尖らせて、文句を言った。
「だったら、なんで学校辞めちゃったんですか。体育の担当が先生から山下先生に代わっちゃって、こっちは大変なんですよ」
「はあ、山下先生ってそんなにスパルタだったのか」
「スパルタじゃないですけど、体育苦手な生徒に厳しくて嫌なんです」
「ふーん? でもまあ、教師も聖人君子じゃないからな。体育教師なら、体育が得意な生徒の方が好きに決まってるさ」
「身も蓋もないようなこと言わないでくださいよ」
「でもそういうもんだろ? どいつもこいつも、教師にいろんなこと求めすぎなんだよ。クラス全員を公平に面倒見て、いじめや不登校みたいな問題が起これば全部解決して、保護者からの注文も聞いて、授業の準備もして、部活の顧問もやって、その上雑用にも追われる。こんなの全部完璧にこなせる人間いないって。どれかひとつでもちゃんとできていればいい方だと思うね」
「……先生、体育教師辞めてからいろいろブラックな発言増えてません?」
「でも事実だぜ? お前も教師やってみたらわかるよ」
「……いや、やりませんけど」
自分はいずれ市川の家の住み込みのお手伝いになるから、教師になることはないと思う。……多分。
「……で? 今回は何しに来たんですか?」
と、話を元に戻すと、市川は片眉を上げて答えた。
「さっき言ったじゃん。お前に会いに来たってさ」
「そのためだけに実家のお仕事サボれるものなんですか? お茶のお稽古とか、毎日あるんでしょ?」
「あるけど、俺にはもともと直弟子はいないからさ。俺が稽古しなくても大丈夫なんだ」
「……いい加減ですね、次期家元のくせに」
「まあ家元業はなりたくてなったわけじゃないからな。俺がいない方が、なんだかんだで実家も平和なのさ」
「…………」
そう言われると、夏樹としても反論しづらい。
市川が次期家元になった経緯はある程度把握しているし、実家の居心地が悪い理由もわかっている。何かしらの口実で実家を離れたくなる気持ちも理解できた。
ともだちにシェアしよう!