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第3話

「うん…め…ぃ…?」 「そう…。そうですよ!」 瀬尾さんが熱っぽく言って俺に歩み寄るとギュッと俺を腕の中に収める。 香る瀬尾さんの匂いに全身が包まれて、気持ち良くて溶けてしまいそうだ。 「こんなとこで俺のΩに会えるなんて…!」 しかし瀬尾さんの『Ω』という言葉にハッとしたように正気を取り戻して、慌てて体を離すと抑制剤をポケットから取り出し水も無しに飲み込もうとする。これが発情期なのだと言うことは、嫌でも気が付いた。 しかしそんな俺の手を瀬尾さんが掴む。 「これ…、抑制剤ですよね?」 睨むような、捕食するような視線。 しかしその視線さえも今は下腹部に刺激を与えてしまうだけで、気持ちが良くて仕方がないのだ。 「ゃ…、待ってくださ…、ん…。」 飲むのを阻むように俺の手を握り込むと瀬尾さんは俺の口を自身のそれで塞ぐ。 ぬるりと入り込んでくる舌が、更に気持ちを昂らせた。 「…今すぐ、俺の番になってください…。」 口を離し耳元を舐めるようにしながら言われた言葉に、もう訳が分からないくらい興奮してしまう。耳がジンジンと熱くて、もう一刻も早く抱かれたい。それしか考えられなくなってくる。 俺も興奮からかカタカタと震える手を瀬尾さんの背にそっと伸ばそうとする。 「ぁ……。」 しかし手を伸ばしかけた所でコンコンと部屋にノック音が響き、俺は思いっきり体を跳ねさせた。上気した気持ちがスッと引っ込んで行き、瀬尾さんも反射のように俺から離れる。 その隙に俺は抑制剤を飲み込むと扉を凝視し、お茶を持って現れた事務の女性と思いっきり目が合った。 「失礼します。………あの、お茶、こちらに置いておきますね…。」 「あ、あぁ。ありがとう。」 部屋の端に2人で立ち上がる俺たちを彼女は少し訝しげに見た後、何も言わずに部屋を出て行った。彼女はβだと言っていたから、この部屋を埋める香りが分からなかったのかもしれない。 暫くして即効性の抑制剤が効いてきて釣られるように瀬尾さんも平静を取り戻して行く。 そうなって来ると他のことを考える余裕が出てくる。 そう。会社のこと。 俺がΩだと取引先にバレるなんて…最悪だ! 俺は入社当時はまだβで、会社も俺がβだと思っているから課長のポジションを俺にくれたのだ。外に出て営業をする人間に、こうして客を誘惑するΩを宛てている企業だと思われてしまったら一大事だ。 今までお世話になった人々の顔が次々に浮かんできて、どうしたらこの人に口止めをお願い出来るのかと考える。 しかし考える俺の正面で瀬尾さんが深く、深く頭を下げた。 「っ…先程は、大変失礼致しました…!」 その顔は少し青ざめていて、後悔していることが深く伺える。 「いえ、こちらこそ本当に申し訳無いです。まさか突然発情してしまうなんて思わなくて…。私が不注意でした。」 慌てて俺も謝ると瀬尾さんは「…あの、その件なんですけど…。」と、少し意外そうに顔を上げた。 「俺と…佐伯さん、運命の番ですよね?」 「え?」

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