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第4話
そう言えば、最初にそんなことを言っていた気がするけど…、俺は薬でΩになった言わば人工Ωだ。そんな俺に、運命の番など存在するのだろうか?
ポカンとする俺の前で瀬尾さんは少し難しそうな顔をする。
「俺…、こんなこと初めてですもん。俺は普段からラットを抑える薬を飲んでいるんです。最近は人権保護の観点から営業職にΩを宛てる企業も増えてきているんですが、仕事中に発情してしまうケースも結構有ると聞くので…。」
それから彼は以前、同じように発情したΩに遭遇したことがあるが、今回ほど自制が利かなくなってしまったことは無かったと言った。
「佐伯さんはどうですか?発情の周期から言って…次はいつが発情期だったんですか?」
「っ…。」
次の発情期も何も、俺にはまだ発情期が来たことが無い。まさかつい先月Ωになったのだなんて、彼は思わないだろう。
「あっ、すみません…。俺プライベートなことをズカズカと…。」
「いえっ、……。」
黙り込んでしまった俺を、瀬尾さんが焦ったように四方に視線を彷徨わせつつ見てくる。
「…あの、他の人には、俺がΩだということを黙っておいていただけませんか…?」
視線を逸らし、声のトーンを落としてお願いした俺に瀬尾さんは「会社の方は知らないんですか?」と驚きながら尋ねてきた。
通常、どこの企業も社員を雇用する際はバースの診断書の提出を求める。先程のような事故を互いに未然に防ぐためだ。
「…その……。」
俺は入社時は確かにβだった。それは俺が1番よく知っている。けど今はΩ。バースを入れ替えたことを黙ったままにしておくことが、会社に対する裏切りだと分かってはいるけど…、どうしても言えなかった。
言い淀む俺に彼は声をかけてくると、気を遣ったように「分かりました。誰にも言いません。…とりあえず今日のところは仕事の話をしましょう。」と話題を切り替えた。
そうだ。そもそも彼はその為にここに来たのに。
「そうでしたね。すみません。急ぎだとお聞きしていたのに…。」
「いえ、先に話題を振ったのはこちらでしたから。」
それから2人でサンプルなどを見ながら工程と合わせて話を進めた。
そしてある程度話が纏まると瀬尾さんは「これで持ち帰って上と検討し、また改めてご連絡させていただきます。」と言って帰る準備を始めた。
俺は軽く応えながら彼を見送るように同様に席を立つけど、彼との時間が名残り惜しくて仕方がない。
「…あの、これ。」
帰り際に瀬尾さんが何かを書き加えた名刺を俺に差し出してきた。
「…?名刺なら先程頂きましたが…。」
「それ、俺のプライベートの番号です。…もし、また会っていただけるようであれば、ご連絡頂きたくて…。」
「えっ…。」
目を大きく見開いた俺に、瀬尾さんは「すみません…。やはり、ご迷惑でしたよね…。」と落ち込んだ声を出しながら名刺をしまおうとする。その手を慌てて掴んだ。
「っ…、…!!」
言いたいことはあるはずなのに、何も言えない。
どうしよう。どうしたいんだろう。俺は。
篠宮がこの事を知ったらきっと許さない。けど彼ともっと話をしたい。一緒に居たい。全身が、全細胞が、彼を求めていると今も本能で感じるのだ。
これが、本当に『運命』というものなのだろうか?
懸命に見つめるだけで一向に何も言わない俺に瀬尾さんはふんわりと優しく笑うと「…では、名刺はお渡ししますので、少しでも気が向いたらご連絡ください。」と言って、俺の胸ポケットに名刺を差し込むと「それではまた。」と言って去って行った。
彼が完全に視界から消えても、彼の笑顔が目に焼き付いて、俺はまたドクドクとうるさく鳴る心臓を懸命に抑え付けるように胸に手を当てた。
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