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第7話
……思わず言ってしまった…。
「…あ、あのー…、ごめんなさい。なんか…。」
恥ずかしくて深く深く俯く俺に瀬尾くんは焦って声をかけてくる。しかし瀬尾くんの声が急に固くなった。
「…佐伯さん、これ…。」
「え?」
深く俯いたことで出来たワイシャツと首との隙間。そこに、瀬尾くんの指が触れた。
「!あっ…!」
きっと今瀬尾くんの指の下にあるものは、昨日篠宮が残した噛み痕たちだ。
篠宮は最近する度に毎回のように俺の首を噛む。そのまま、噛みちぎられ食べられてしまいそうなくらい、深く。
だが抑制剤のおかげで発情期が来ていない俺には何の効果も無い。番は、まだ成立していないのだ。
「番が…いるんですか?」
しかし痕を見た瀬尾くんは傍目にも分かるくらいに動揺している。声も、表情も、何もかもが戸惑っていることを表している。
「っ違う!番じゃない!!」
そう叫ぶと少しばかりホッとしたような顔をされた。
それが、とてつもなく嬉しい。他の相手が居ることに動揺され、けどその相手が番ではないと知って、まだ喜んでくれるのだ。彼は。
「っ…瀬尾くん…。」
「……はい。」
こんな状況でも呼びかければ返事をしてくれる、素直な彼。
「………助けて……。」
篠宮に全てを奪われてから、初めて誰かに助けを求めた。
友達と会うことを許されなくなった時も、家族との電話すら制限された時も、就職先の候補を限定された時も。誰にも、何も言わなかったのに。
全ての事情を堰を切ったように泣きながら話した俺に、瀬尾くんは時々怒りにも似た表情を浮かべては憤り、困惑していた。
「…佐伯さん。」
「…?」
「………今日の夜、お会い出来ませんか?」
ギュッと強く手を握られてからされた提案。
驚きに俺は目を見開く。
「篠宮さんより先に、俺と番になりましょう?俺の番に、なってください。」
ぎゅうっと胸が締め付けられたような錯覚。嬉しい。嬉しくて、涙が出そうだ。けどそれには素直に頷けない。
「…でも、俺、今日も抑制剤使ってて…。それに遅くまでは居られない。帰らないと篠宮が…また…。」
実は今の会社は2社目だ。前の会社で先輩に付き合い遅くまで飲んでしまったことがあった。
その時、篠宮は俺を1週間近く部屋に閉じ込めて犯した。文字通りボロボロになって出てきた俺がされたのは、もう前の会社には行かないでほしいという、お願いのような命令だった。
「…ではあまり遅く帰すようなことはしません。篠宮さんとは、いつも通りに過ごしましょう。篠宮さんとどう過ごしていようが、番にさえなってしまえば篠宮さんにだってどうしようもなくなる。」
瀬尾くんの言葉が力強く響く。それはまるで暗闇に差す一筋の希望の光のようだ。
「うん…。うんっ!瀬尾くん。俺を、番にして。」
自然と涙が頬を伝う。瀬尾くんがギュッと俺の手を更に強く両手で包んでくれた。
それだけで、こんなにも嬉しい。
この人となら、終わらせられる。
終わりにするのだ。
偽りの運命に縛られ続けた日々を。
あぁ、でも…。
篠宮に無理矢理Ωにさせられたからこそ俺は瀬尾くんと出会えた。
瀬尾くんが俺の運命の番なら、一体どこまでが俺の運命だったのか…。
そんなことを、少しばかり頭の隅で考えた。
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