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第20話
篠宮が帰ってきたのは日付が変わって少ししてからだった。
寝室に篭ったままの俺の姿を見つけてから酷く安堵したように息を吐くと篠宮は笑みを浮かべた。そして本当に20分置きに確認に来ていた監視の人に礼を言って帰らせると部屋に入って来た。
「佐伯…。」
ちゅっとキスをしてくる篠宮。
なんだかその目が、普段以上に俺を愛しく見つめている気がした。
「ねぇ、佐伯。赤ちゃん…出来たの?」
俺の手の上に自身の手を重ねて聞いてくる篠宮。問いかけに対し、ゆっくり、こくりと頷くと篠宮は泣きそうな顔をする。
「…産みたくない?」
「え?」
なんだ?その問いは。普段の篠宮なら一も二も無く「産んでくれるよね?」と俺の意志を無視して聞いてきそうだと言うのに。
「産みたくないから、死のうとしたの?」
ドキッとして少し強ばった俺の手を篠宮がゆっくり摩 る。
「ねぇ佐伯。俺もね、佐伯から全部奪ってきた自覚がある。佐伯を俺のにしたくて、佐伯の全部が欲しくて……。けどその先で、佐伯が居なくなっちゃうのは、望んでないよ。」
ベッドに視線を落とす俺の顔のすぐ近くで篠宮は独白のように言う。しかしその言葉には納得いかない。
「…なにそれ。」
俺の言葉に篠宮が顔を上げたことが揺れた空気で分かった。
「自分のしてきたこと棚に上げて、お腹の子が全部悪いからお腹の子殺してまた一緒に居ようっての!?」
今度は、この子まで奪うつもりなのか!
俺は昼間は自分がこの子を殺そうと思っていたことなんて忘れて今は俺からこの子を取り上げようとする篠宮に必死で牙を剥いた。
思考が破綻してきているのには自分でも気付いていた。けどそれでも、篠宮にもうこれ以上何も奪われたくない。それだけを強く思っていた。
「違う。そうじゃない!」
「じゃあ何!?俺からこれ以上何を奪うつもりなんだよ!!」
重ねられてた手なんて振り払って離れようとした俺の肩を篠宮が掴んだ。
「っやり直させてほしいんだ!」
今日はずっとらしくない篠宮が叫ぶように言った言葉。
篠宮が叫ぶなんて意外だけど、それよりも篠宮が放った言葉の意味が引っかかった。
俺が動きを止めて篠宮の真意を探るように見ると篠宮は少し視線を泳がせてからポケットに手を入れて小さな箱を取り出した。
「…時間はかかるかもしれないけど、奪ってきた分、たくさん与えていける人生にするから。だから、俺の隣で受け取って、一緒に歩んでくれないかな、………優 。」
篠宮が俺の名を呼び、開けた箱には指輪が入っていた。男が付けても不自然でない、シンプルなそれは、きっとこういう場にはかなり不釣り合いだ。
それでも仕事の合間に俺の元に駆けつけるようなこの男が、こんなに帰宅が遅くなってまで用意した指輪なのだ。
「そんな簡単に…変われる訳ない…。」
だが言葉が喉に張り付いたような抵抗感を感じながらも、俺はギリギリと絞り出すように篠宮に言い放った。
顔を上げた篠宮と目が合う。
『こんなにも必死になれる人と出会えたことが、彼にとっての運命だったのかもしれませんね。』
先生の言葉が、蘇って思考を埋め尽くす。
「慧 ……。」
俺も、彼の名を呼んだ。
応えるように。
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