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第4話
「でも実際、執務室にいかないとなると…暇だな」
ふう、とため息を吐いてコノエは自室の窓際から外の様子を眺めていた。
今は昼過ぎ。この忙しい時間にイハルを呼びつけることも憚られる。
時計を眺めても、高速で回ってくれることもないので、コノエは膝を抱えて目を閉じた。
小刻みに鳴る時計の音と、どこか遠くで鳴く鳥の囀りが耳に届く。
「静か…」
ぽつりと呟いて窓から室内へと視線を移すと誰もいないそこに妙な寂しさを感じる。
コノエがこの城にやってきてもう三年の月日が過ぎた。
弐の国とは全く勝手が違う異国の場所で孤独を感じたのは言うまでもないが、それ以上にタタリの奴隷という立場が酷く不快だった。
すらりと伸びた長い手脚に整った顔立ちと男であるのにも関わらず似合いすぎている長く美しいブロンドの髪の毛。
人目を惹くその容姿に場内の男どもは色めき立ち、高貴な女どもは疎ましげな視線をぶつけてきた。
立場上、陰湿な嫌がらせを受けることもあったが、タタリが寝所にコノエしか呼ばなくなると、自然にそれも少なくなっていき、それがまた、コノエにとっては不愉快だった。
踊り子として自由に生きていたコノエにとって、行動を制限される生活は苦痛以外のなにものでもなかった。
「もう、三年もここにいるのか」
再び外に視線を向けてため息をつくと、視線の先に城門が開く瞬間を捉えて、すっと目を細める。
「城下町、かぁ…懐かしい」
きらびやかな城内とは正反対に質素で汗と喧騒にまみれたそこに、コノエは思いを馳せる。
懐かしい弐の国の景色を思い出していると、ついつい口から言葉が漏れていく。
「行きたいな、あそこへ」
「ならば連れて行ってやろう」
ぽとりと落とした言葉に唐突に答えが返ってきて目を見開く。
ばっと顔をあげると、扉の前で腕を組んだタタリが無表情でこちらを見つめていた。
いつの間に、とあまりに突然のことに驚いて、膝を抱えるようにして座っていた椅子から立ち上がったコノエのもとへつかつかと歩み寄ってきたこの国の王様は、ひょいとその軽い体を抱え上げた。
「な、離し…っ!」
「ちょうど休憩しようと思っていたところだ。退屈なら付き合え」
軽々しくコノエを抱えたまま、城内を闊歩する王に驚いた様子の召使や慌てふためく侍女たちが視界に映る。
突然すぎて追いつかない思考がとりあえずここはおとなしくしておくべきだと判断し、コノエはそのまま王の腕に収まる。
移動用の馬車を用意させるタタリに気づかれないようにこっそりとため息を吐いて、やはりこの人は良く分からないと思った。
当たり前のことだが、いつも部屋から眺めている外と実際の場所は全く違う。
この国に来て三年、初めて見る城の外は、コノエが描くそれとはまったく違っていた。
暖かくて陽だまりのような祖国の景色とは正反対ともいえるいやらしさが、そこにはあった。
屈強な男たちや、豪華な服を纏った貴族。その後ろを鎖を引かれてつんのめりながら歩く痩せ細った奴隷達の姿。
これが、力で支配する壱の国の姿。
コノエはその恐ろしさに酷い眩暈を覚えた。
あくまでここは壱の国。自分の育った祖国とは全く違う別の場所だと思い知らされた。
音をたてて走る馬車に嫌な気分を増幅され、気分はどんどんと下がっていく。
ふと、王がある場所で停車を促す。
降りろと言われ、俯きながら馬車から降りると、そこには煌びやかな女物の服を扱った店がどんと建っていた。
「お前に合う服を選ぶ。来い」
ぐいっと腕を引かれて中へ入ると、ここの服を買いに来たとみられる女性たちが王へと熱い視線を向けてくる。
それになんの反応も見せないタタリと奥へと進むと、この店の店主だろうか、へらへらと笑いながら近寄ってきた男が王に頭を下げて来店したことに感謝を述べる。
ぎりっと顔を歪めてコノエはその男から視線を外した。
この男の笑みは嫌いな人物とどこかよく似ていた。
「この者に似合うものすべて持って来い」
いつも通りの偉そうな口調で―この国の王なのだから当然ではあるが、そう命令すると店主はどこか嬉しそうな表情でかしこまりましたと手を鳴らす。
すすす、と何名かの店員が現れると、コノエの体のサイズをさっさと図り、またどこかに引っこんでいく。
しばらくするとにこにこと微笑みながら、何着かの服を用意したであろう店員たちが戻ってきてコノエの背を押す。
戸惑いながらタタリの方へと視線を移すと、じっとこちらを見て何やら考えているようにあごに手を当てて首を捻っていた。
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