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第5話
ぱたぱたと動き回る女性たちを視界に映しながら用意された洋服に袖を通す。
女性もの、という点においては最早気にするだけ無駄というものだろう。
薄手の白い布に細かな装飾が施され繊細な印象を与えるその服に身を包むと、ひとりの女性が個室の外へとコノエの背中を押す。タタリに見せて来いということだろうか。
面倒くさいと小さくため息を吐くと部屋を仕切るカーテンを勢いよく開ける。
反動で首元の鈴がちりんとかわいらしい音を鳴らした。
「…これはこれは…よくお似合いでございますね」
なにやら話し込んでいた様子のタタリとこの店の店主らしき男がコノエの方へと視線を寄越すと、真っ先に男が感嘆の声を上げた。
当の主人はというと相変わらずのしかめっ面で全身を値踏みするように眺めている。
その視線が初めて会った時のものと重なってとたんに気分が悪くなった。
「悪くはない………」
冷めた視線のままそういうとタタリは男といくつか言葉を交わし、席を立った。
タタリが退室した室内で男がコノエにそっと近づいてくると耳打ちするように顔を寄せてくる。
照れているんですかねなどという男の声に不快感を隠しもしないで顔を歪め、コノエは無言でタタリの背中を追った。
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ガタゴトと音を立てて馬車が走る。
次はどこに向かっているのか、タタリは無言で眉間にシワを寄せながら目を閉じ座っているし、お付きの男は何も言わずにコノエの横で背筋を伸ばして口を閉ざしている。
馬車から眺める外の景色は特に心を惹かれるものではなく、むしろここは弐の国とはかけ離れた場所なんだと思い知らされる。
コノエにはこの空間が息苦しかった。
祖国、弐の国は華やかで人の温かみがあって、誰もが幸せな国だった。奴隷制度なんてない。そんな暖かな国だ。
それがこの国はどうだろう。壱の国は奴隷制度を良しとし、力で支配する国である。下品な笑顔の商人の後ろで鎖を引きずり歩くのはどこからか売られてきた奴隷たちだ。その瞳に温かさも希望もない。あるのは絶望だけだ。
その彼らに、前に座る王も隣に座るお付の男もなんの感情も持ちはしないのだ。
ぎゅっと自分自身を抱きしめると首元の鈴がちりと微かに音を立てる。
「……疲れたか」
ふと、向かいからぶっきらぼうな声がかかる。はっとして俯いていた顔を上げると不機嫌そうな顔をしたタタリがこちらを見ていた。
「べ、別に…疲れては、いません」
タタリから顔を逸らしてそう答える。タタリの目線は逸らされる気配がない。
居心地の悪さを感じて目を合わせられないでいるとガタガタと揺れていた馬車が高い馬の鳴き声とともに停車した。
降りるぞと短く指示して先に馬車を降りていくタタリを追って馬車から降りる。
先ほどとは違って男性向けの洋服店の前に降り立ったコノエは、その落ち着いた雰囲気の外装にほっと胸を撫でおろす。
先ほどの店の店主とは違い、落ち着いていて整えた髭とモノクルが特徴的な、一見すると執事にも見える男に安心感を覚えたコノエはタタリの一歩後ろで店内をきょろきょろと観察していた。
この店は恐らくコノエや平民では手が出ないほどの金額のものを取り扱っているのだろう。ちらりと見えた値札に見たこともない金額が書かれていてコノエは目を瞬いた。
ずかずかと店内に入っていくタタリを改めてこの国の王なのだと実感しつつ、コノエは用意された椅子に腰かける。
アンティーク調の椅子は座り心地がよく、綺麗に手入れされていることが伺える。ここの店主はどうやら上品なだけではなく、隅々まで心遣いが行き届いているのかもしれない。
「それで、今回はどのようなお召し物をご希望で」
「この者に合うものを」
軽くお辞儀をして店主が問うと、タタリが顎でコノエを指す。
ちらりと店主の視線がモノクル越しに刺さって少し気恥しくなりながら、コノエはそれでも背筋をしゃんと伸ばして椅子に座っていた。
かしこまりました。と去っていく店主を横目に見てコノエは今のうちにとタタリの服の袖をつまんで二度、くいくいっと引っ張る。
なんだと言わんばかりの視線が突き刺さってコノエは少し悩んでそれでもと意を決したように口を開いた。
「あの、何故急にこんな気まぐれを?」
「…お前が時間を持て余していたからだろう」
「それは、そう…ですが……それにしたって急に街までって、仕事とか」
「急な案件は済ましてある。問題はない。それに」
そこまで言って、タタリは少し思案して今度はさも当然のことのように言った。
「お前の服が少なすぎる。脱がしがいもない。毎度同じような服ばかりでは面白みがないのでな」
そう言って顔を部屋に戻ってきた店主の方へと向けるタタリにコノエは言葉を失った。
―脱がしがいがないだと?俺は脱がされたくないんだが?
煮えたぎりそうな腹を押さえてコノエは店主が持ち寄った衣装に袖を通していく。
着替える部屋は別にされているのが幸いか、いら立ちは最高潮だ。
手伝いを申し出てくれた女性に断りを入れて―今の顏は人をも殺せる気がしたのだ―一人で脱いでは着て見せに行き、を繰り返した。
結局、試しに着た服すべて気にいったようで購入を決めたタタリにコノエはむすっとした様子で店を後にした。
その際、気にいった服を一着だけ着て帰るという話になったのでハイネックの黒字のシャツとグレーの上着にジーンズ、それとグレーの帽子と地味な格好を選んだ。
帽子を深く被り、髪を三つ編みに結って肩から前に垂らすと普通の髪の長い青年のように見える。
少しふくれ面をしたままのコノエにタタリはほんの微かに口角を上げて笑うと、馬車を置いてそこからしばらく歩くぞと言い、昼間なのに影が差して薄暗い路地を進んでいった。
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