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第7話
タタリを追っていると、不意に水音が耳に入って足を止めた。
惹かれるようにして足をそちらに向ければ路地を抜けた先に噴水の広場がある。
きらきらと太陽の日差しに反射して光る噴水にコノエはうっすらと過去の情景を思い出して、あまりの懐かしさにフラフラと足がそこに近付いていく。
噴水の周りには五人の子供たちが立っていて、不思議そうな顔をしてコノエの顔を覗き込んでいる。
その幼い容姿に余計に故郷への思いを募らせて、胸が締め付けられた。
「みんなーもらってきたよー!」
その時だった。小さめの、十を少し過ぎたくらいの年の男の子がパンを持って駆けてきた。
それに五人の少年少女たちは振り返って手を上げ答える。
すると、あれ、と男の子がコノエを見て足を止めた。
「こ、コノエお兄ちゃん?」
「…ユルス?」
男の子、ユルスはコノエを見るなり感動したように走り寄ってくる。
興奮した様子の彼は、コノエの記憶が確かなら弐の国に住んでいたはずだが。
はて、と小首を傾げて見せればユルスが、ああ、と笑って見せた。
「僕、お母さんが再婚したの。壱の国のお父さんと。とーっても強くて頼りになるんだよ!素敵でしょ!」
「そう…よかったね、ユルス」
嬉しそうに語るユルスに微笑みながら、コノエはその丸い頭を撫でる。
あ、と閃いたとばかりに声を上げるユルスに目をぱちくりと開いて首を傾げると、彼はさらにテンションが上がった様子でこう続けた。
「今ね、みんなと鳥を集めたいねって話してて、それでパンをもらってきてたんだけど、コノエお兄ちゃんならパンがなくてもお歌で鳥を集められるよね!久しぶりに会えたんだし、踊りも見たい!ね、いいでしょ?お願い!」
興奮した様子で鼻息荒くそういうユルスに少し戸惑って見せるが、みんなと呼ばれた子供たちを見ると、皆一様に目をきらきらとさせていることに気が付いて、コノエは仕方なく首を縦に振った。
"踊り子"という仕事を生業にしてはいたが、子供たちからは一銭も貰ったことはないし、祖国では幾度も踊って見せた。それはもう、気が向いた時に気が向いただけ。せがまれれば何度でも。
とは言え今は地味な服で、最近はあまり踊っていなかったものだから、多少気後れしてしまうが、広場の中心に立ってしまえばそんな気持ちも即座に吹っ飛んでしまった。
一足体に羽が生えたのかというくらいに軽く、足が感覚を忘れてはいなかった。
指先を揃えて前へ、右へ、弧を描き、天へと伸ばす。
「コノエお兄ちゃん綺麗…」
身体全体で表現する喜び。それを思い出して、コノエは自然と口角を上げる。
羽の生えた蝶のような動きから、美しい天女のような動きへと変えていき、踊りは緩急をつけ終息へと向かっていった。
息切れをしているコノエへ、ユルスが声を発するまで、誰も声を発さなかった。
コノエの周りには鳥や蝶が飛んでおり、そこだけがまるで違う世界のようだ。
いつの間にか、近くのパン屋や宿屋の主人たちが店から顔を出してコノエをじっと見ている。
口角を上げたまま、少し楽しそうな表情で息を切らすコノエは額にうっすらと汗を掻いている。
いつの間にか帽子が脱げていて、三つ編みがほどけて乱れた金色の髪がきらきらと輝いて少しぼさついているのに美しい。
「コノエお兄ちゃん、やっぱり綺麗だね!」
ユルスが嬉しそうに楽しそうにそう言ったのを皮切りに、子供たちだけではなく宿屋やパン屋やいろんな家から歓声が飛んでくる。
下町と言えばぴったりだろうそこに住む彼らからの歓声にコノエは一瞬きょとんとしたが、すぐにくしゃりと笑みを浮かべた。
「ありがとう」
久しぶりのその瞬間に、コノエは心の中で温かいものがあふれるのを感じた。
しばらく歓声に包まれながら、子供たちにせがまれて鼻歌を歌いながら鳥たちと触れ合っていたが、そこに水を差すかのように、冷たい空気が一つ流れ込んでくる。
「コノエ」
こつり、と小気味良い音を鳴らせて己の名前を呼ぶその男にコノエは一瞬で笑顔を失う。
指先に止まっていた鳥が驚いて飛びたっていくのを冷めた目で見てから、ゆっくりと振り返る。
相も変わらず仏頂面のタタリを視界に入れて、コノエは夢から覚めた気分になった。
「帰るぞ」
「…はい」
驚いた様子だった民たちは、しばらくすると寂しそうな残念そうな顔になっていた。
それに小さく微笑んで、軽く頭を下げてから、コノエは広場を後にした。
「コノエお兄ちゃん、サヨナラの時は必ずまたねって、いってくれてたのに…」
静まり返った広場は、やがていつもの通りに戻り、皆それぞれに日常に戻っていく。
残されたユルスがとても寂しそうな表情で、無表情のコノエを案じて吐いた言葉だけが、ただ、そこに残った。
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