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第8話

ガタゴトと音を立てて走る馬車の中に、重い沈黙がある。 コノエはずっと窓の外を見ていて一度たりともタタリを見ようとはしない。 無機質なその瞳が、頑なに主人の存在を視界に入れようとしないのを許されるのは、偏に彼が王様のお気に入りだからだと言えるだろう。それを理解している上で、コノエはタタリを見ようとはしなかった。 夢を見ていたかったのかもしれない。だから、現実に引き戻された今、言いようのない虚しさが胸を包んでいる。まるで、すぐ弾けてしまう泡を知らないまま抱いて喜んでいたみたいだ。その泡は、こんな風にちょっと刺激すれば割れてなくなってしまうのに。 視界に映る馬車の外の天気は次第に曇りはじめている。 「もう直に城に着く。湯浴みをしたら食事だ。お前も共にこい」 「…はい」 腕を組みながらコノエの横顔を見つめそう言い放つ男に、ようやっと視線を向けてコノエは小さく頷く。 元より拒否権なんてないのだから頷く以外に選択肢なんてないのだけれど。 窓の外に視線を戻すこともなく、特になにも話すことなくタタリの胸元に視線を落として黙っていると、突然馬車が大きく揺れた。馬の大きな鳴き声が辺りに響いて、馬車が停車する。 「何事だ」 タタリが御者に尋ねると、若草色の髪のまだ年若い青年は「いえ、」と歯切れの悪い返事をする。少しばかり時間を欲しがる従者に「好きにしろ」と詳細は問わないままタタリは再び腕を組んで、今度は目を瞑ってしまった。 何があったのだろうと不思議に思って窓から顔を乗りだそうとしたコノエだったが、ふいに自らの手首を目の前の不遜な男に掴まれたことによりそれは阻まれる。 「お前や俺には関係のないことだ。すべて彼奴らに任せておけばいい」 「…そう、ですね」 そう話して元の姿勢に戻したコノエを見たタタリは手を放して窓の外を見た。 つられてコノエも窓を見る。どんよりとした雲が空全体を覆って、今にも降り出しそうだ。もしかすると雷も落ちるかもしれない。 雷は苦手だった時期もあった。今はそんなに嫌いではない。"彼"が沢山思い出に 変えてくれているから。 曇り空を眺めて何故か懐かしい気持ちになっていた時、御者が発車の知らせを告げた。 馬車がまた走り始める。懐かしい気分は一気に憂鬱なものへと変わっていった。 ―――― 宮についてすぐ、タタリはイハルに湯浴みの指示を出した。コノエはただ黙ってその後ろをついて行く。 出迎えにはコノエ以外の愛玩奴隷が数人立ち並んでいたが、タタリはそのどれにも目を向けることはなかった。 詰まらなさそうな顔をして歩くコノエに数人から同情の眼差しが向けられる。皆コノエよりも前に買われて来たのにコノエが来てからはタタリからの音沙汰はなく、だからと言って貧しい思いをすることはない。王様の所有物なのだから、ある程度着飾らせてもらえるし、もしコノエに万が一があった時すぐ呼び出されてもいいように食事も湯浴みもきちんと与えられている手入れの行き届いた者たちだ。 彼らは自らの役目を一身に担ってくれる彼に感謝こそすれその立場になりたいと思ってはいない。大多数がきっとそう考えている。中にはコノエがいなければ自分が代わりに王の寵愛を受けれたのではないかと考えるものもいたが、皆、タタリを恐れ、また自分の立場に不快感を抱いているものが多数だ。 「タタリ様」 「なんだ」 ふと、コノエが足を止めて口を開いた。 空を見上げてじっと雲を見つめると、手を胸の高さに上げる。 ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。 「雨が、降ってきました」 「そうか」 その言葉の真意を問いもしないでタタリは宮に足を進める。すっと視線をその背中に向けたコノエもまた、黙って後を追った。

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