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第11話
宴が最高に盛り上がり、何人かの顏が程よく赤くなったり酔いつぶれている者たちがいるのを見ながら、コノエは透き通るようなコバルトブルー色のワインをちびちびと飲んでいた。
時折、イハルが持ってきたつまみのチーズを口に放り込む。
不愛想な王と寄り添って座っているわりには目線を合わそうとはしない。完全にご機嫌がななめという様子の青年にタタリも眉間にしわを寄せている。
ワイングラスの中身が無くなると傍に控えたイハルに声を掛けておかわりを貰い、またちびちびと飲むを繰り返す。そうしていると、ボトルを一本開けた頃イハルが心配した様子で声を掛けて来た。
「コノエ様、少々飲みすぎではございませんか?先ほどからゆっくりではありますが一人でワインを飲み続けておられますけど…」
「平気ですよ。もう一本くらいなら大丈夫ですから気にしないでください」
眉を寄せて顔色を見るイハルにふっと微笑んで持っていたワインをまた一口飲む。
ここに来てお酒はタタリと二人きりの時か夕食の時に有る程度セーブして飲むかしていたのでたくさん飲んでいる姿を見せたことはあまりなかったかもしれない。心配されるのも当然か。
こくりと音を立てて飲むコノエに心配げな顔をしているが納得した様子でイハルが一歩下がった。
兄さんもお酒強かったな。弱かったのは、モノくらいか。
ふと故郷の人物が頭に浮かぶ。親しい間柄の男は下戸だったのを思い出してくすくすと笑う。
兄はとても酒に強く酔っ払った姿をただの一度も見たことはないけど、友人の男はグラス二杯でもうべろべろだった。
"ハナ"も、酒に強くて俺はよく目の前で酔いつぶれたっけ。
昔を懐かしみながらコバルトブルーのワインを一口また一口と飲む。故郷のワインは白が主流だった。とはいえ優雅なパーティーとかそういった機会でしか飲むことはあんまりなかったが、それでもコノエの中ではワインといえば白だった。
透き通る青を見つめて故郷に想いを馳せる。
"二人"は今も、元気にしているだろうか。考えて、溜息が零れた。
「今、何を考えている」
隣から無表情の王が問う。低い声が昔を懐かしむ心を一気に冷ます。
目線だけ彼の元へやって、片膝を立ててその上にワインを持つ腕を乗せたコノエが「特に何も」とだけ答える。
切れ長の瞳がコノエを捕らえると、金色の髪の青年はそっと視線をブルーワインに戻した。
「あんたに、心まではやらない。そう、最初に言ったはずです。束縛したいならすればいい。けど、俺は…ー」
ぼそりと吐いた言葉がしっかりと聞こえたのか、タタリの眉がピクリと動く。
ハッとして口を噤む。金色の瞳がコノエをじっと見て離さない。なにかを訴えるようなその目が、コノエには煩わしく思えた。
「~~っ少し飲みすぎたみたいです。先に休ませていただいてもよろしいですか?」
ぶっきらぼうに吐き出した言葉に漸く金色の瞳が視線を外した。
ワインよりもはるかに度数の高い酒を飲みながら「俺の部屋で休め」と言ったきりこちらを見なくなったタタリに軽く息を吐いてコノエは立ち上がる。
傍で見守っていたイハルが水を用意していたがそれに断りを入れ、タタリの寝所へと足を向ける。
もうすっかり夜になっていた。月が煌々と薄暗い廊下を照らしている。
夜空を見上げてため息を吐く。
弐の国の王にして友人のモノと、兄のコノミも同じ月を見ているだろうか。
自分にはそんなことを思うくらいしかできないけれど、それだけは誰にも縛ることのできない自由だとコノエは微かに笑みを浮かべた。
***
王の寝所で下ろしたての寝間着に着替えて、窓際に腰かけながら空を見上げていること数時間。もうすっかりワインでほとほとに温まっていた体も冷えた頃、タタリが部屋の扉を開けた。
コノエよりもはるかに強い酒を何杯も飲んでいたとは思えない様子で平気な顔で服を着替える姿をじっと見る。
先ほどの無礼を詫びるべきだろう。それはなんとなくそう思う。
普段はうまくやっているのにどうしてあんなことを言ってしまったのか。この人は怒ると面倒なのに。やはり自分は少し酔っていたのだろうか。
色々考えて謝るべきだとはわかっているのに、立場上、しなければいけないとわかっているのに、心が拒否を示す。
本心をたまにくらい吐いてもいいじゃないかという気持ちが湧きたって、結局口は開かないままだ。
「何をしている。こい」
「…はい」
返事をしてベッドに腰掛けるタタリに近付くと腕を引かれて倒れ込む。
服を脱がせようと動く手に、ああ、今日もか。と目を閉じた。
ぐっと歯を食いしばる。肌が触れた瞬間ぞわりと鳥肌が立って、コノエは首を振って珍しく拒否の意を示して見せた。
「あの男のことを考えているのだろう」
そう言われてハッと顔を上げるとタタリの黄金色の瞳と視線がぶつかる。
鋭い眼差しがじっと己を見ているのが嫌でコノエは視線を外した。
ぐっと手首を上に引かれて体を持ち上げられる。
「"死んだ男"のことばかり考えて頭がいっぱいか?お前の今の主はこの俺だ。忘れるな」
ガツンと頭が殴られたような衝撃がコノエに走った。
冷たいその言葉に怒りと嫌悪が渦を巻いてせりあがってくる。
やはりこの男は大嫌いだ。それよりもっと、この男に従わなければいけない自分が、大嫌いだ。
コノエは服を脱がせるのを再開した男に内心舌打ちして、目を瞑って時が過ぎるのを願った。
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