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第五話 偽りと憧れのキミ
「どうして、そんなにその作品が好きなんですか?」
ケイトは日頃から心の底で燻っていた疑問を晴斗へ投げつけた。それはそうだ。毎日「となりの平凡くん」を聞かされる身になって欲しい。晴斗は事あるごとく、「となりの平凡くん」を熱っぽく語りだす。
「それは……」
いろんな理由が重なる。
新鮮で魅力あふれる文章、日頃の糧となる萌とトキメキ。
まるで綾瀬と自分が恋仲であるような気分になってしまう。隣の席に腰掛ける、綾瀬 薫 。晴斗が恋しさに身をじらす想い人だ。爽やかで、人望が厚く、成績も優秀で、元陸上部。脚を怪我してしまい部活を引退したが、県大会まで出場した実力を備え持つ。
部活を辞めてからは短髪だった髪も少し伸びて、隣から横目でみると栗色の髪が透けて見えた。
姿勢が良く、制服から鍛えた四肢が伸びて長い足を悠然と組む。すっきりとした精悍な顔立ちとみずみずしいほどの美貌。まさに極上の美形。
なんて格好良いのだろう。そして性格も憧れる。毎日見てるけど、もっと見たい……!
欲求は高まり、晴斗は趣味で描いていた漫画に高まる恋心をぶつけ、綾瀬というキャラにありったけの力を絞り、全力を尽くした。
ここで鈴木晴斗のパク支部にあげている作品をご紹介しよう。濃厚なエロからモブレまでと幅広いが、一貫して攻は美形で統一されている。
『美形からはじめます』
『不屈の美形』
『美形でもモブレでも竿でも』
『どS美形いります?』
『吸われた美形は入りません!』
『美形と猫とタチと』
『美形でもモブレでも竿でも』の詳細だが、美形と平凡、モブおじさんの三角関係という頭の沸いたBL漫画は絶大な人気とフォロワー数を誇る。
おっと、話を戻そう。
綾瀬の『となりの平凡くん』は超美形が隣の平凡に消しゴムを投げつけ、話しかけたのがなれそめで話が展開する。消しゴムのケースの下には平凡の名前「ハルト」と書かれているのだ。
だからか、昼に綾瀬の消しゴムが転がってきた瞬間、晴斗は狂いそうな緊張にとらわれ、心臓は破裂しそうに波打っていた。
「……ハルさん?」
「うわぁ! ご、ごめん!」
怪訝な声のケイトに謝り、晴斗は昼間の回想から意識を取り戻して、lPadに目を落とす。そこには極上の綾瀬(美形攻)が微笑みを浮かべてハルト(平凡受)の乳首を赤い舌で舐めていた。
「そんなに好きなら、もっと絡めばいいじゃないですか。DMとか……」
「いやいや、ほどよい距離感が大事なんだよ」
ましてや綾瀬は年上の女性かもしれない。ロマンティシズムが溢れでて、洗練された繊細な文章。そして無限の萌えは十代では得られるはずがない。
だからか、つねに登場する綾瀬(美形攻)とハルト(平凡受)に感情移入してしまい、好きになってしまう。
綾瀬の小説を読み終わると、漲った想いをイラストにしたためて、まるで自分が綾瀬と熱い口づけを交わしているような錯覚を楽しんでいた。
「まあ、SNSはそういうもんですけどね。あ、モクモクのアカをDMで送ったらどうですか?」
「へ?」
「そうしたら、話せるじゃないですか」
なんてことを、言うんだコイツは……。サイコパス・ケイト。
晴斗は驚きながらもⅼPadのペンを膝に置いて、くよくよと悩んでしまう。もし、年上の女性だったらどうしよう。緊張してしまう。話せない。でも平凡受や作品について質問したい……。
「あとで、間違えたとか送ればいいんじゃないですか」
「うーん、でもな……」
昼間のことを思い出す。綾瀬がせっかく話しかけてくれたのに、緊張して「なに?」と歯切れの悪い回答しかできなかった。
ちなみに「となりの平凡くん」のハルトなら『な、なんだよ、消しゴムなんてもの落とすなよ!』と頬を可愛らしく膨らませて睨む。そんなことを晴斗が言ったら、教室の窓から飛びこんで逃げる。
「まあ、そんな堅苦しくならずに、同じジャンル語ればいいじゃないですか? あ、俺、退出しますね。おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
ケイトはモクモクからさっさと退出して、晴斗だけがアプリのルームに残った。晴斗は未成年だ。それを知って、綾瀬は受け入れてくれるのだろうか……。BL界隈は、重厚感漂う営みを崩さないよう未成年には厳しい。
「そうだ、二十歳という設定にしよう」
そうすれば、ことは未然に防げる。差し障りのないBLの話題を振れば大丈夫だ。ガチムチ、モブレ、dom/sumユニバースなどのジャンルは避けよう。
晴斗はモクモクを退出し、Twatterをひらいて綾瀬のDM箱をみつけ、緊張しながらモクモクIDを送った。
ドキドキと胸が高まり、返信を待つがすぐには来ない。時計に視線を巡らせると二十二時だ。送った時間帯が遅すぎたか……。
晴斗は跳ねる心臓を毛布の下で抑え、綾瀬の更新サイト、バブリスタをチェックした。
こ、更新されてるーー!
なんと、最新話は平凡くんが綾瀬(美形攻)に組み敷かれている。最高である。恥じらいつつ、健気な想いが通じ、綾瀬(美形攻)がハルト(平凡受)を硬直した屹立で荒々しい愛の沼へ溺れさせようとしていた。
自分の一生叶わない想いが成就している。さらに綾瀬(美形攻)はモブAこと田中に嫉妬めいた色を瞳に浮かべていた。
コレです、コレが欲しかったんだ……!
晴斗は尊い、いいね、萌、エロい、切ないの全てのリアクションボタンを連打した。
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