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第六話 天使の歌声

※綾瀬視点  綾瀬はその日、目尻がさがるほど嬉しくて浮足立っていた。  カースト上位の友人達は購買部へパンを買い求め、教室には生徒の姿がまばらに浮かぶ。 (ハルさんからモクモクのお誘いがキてる!)  尊敬やまない絵師様から便りが届いていたのだ。  ついさっき、Twatterを確認して一瞬言葉を失い、気絶しそうになりながらも、綾瀬は息をのんでスマホ画面を凝視した。朝は慌ただしく身支度を整えて出てきたので、まともに息つく暇もなく、アプリすらひらけなかったのは打撃だがすぐに忘れた。  綾瀬はハルのDMを蛇のようにしつこく読み返す。 『こんばんわ(汗)夜分遅く申し訳ありません。いつも素敵な作品ありがとうございます。FA喜んで下さって嬉しいです。よくモクモクで作業するのですが、お時間あるときに良かったらお話したいです。急にこんなDMごめんなさい(>人<;) スルーでも全然大丈夫です。ID saxxxwxx』  なんて素晴らしい心遣いと優しさ。BL界の神が声をかけてくれる。いま死んでも思いが残って成仏できない。ラファエロが描いたような、天使のようなハルトを生み出した母なる絵師様。  綾瀬は興奮のまま返信しようとしたが、はたと返事に(きゅう)してスマホをとじた。  書き手にとって、絵師は神。そして、書き手と絵師の間には世界一深い水深200mのコンゴ川級の淵が深く存在するのだ。  DM送信時の時間が二十二時。つまり、神絵師ハルが社会人と仮定して、仕事が終わり、夕食を済ませ、風呂から上がると予想し、本日の返信時のベストタイムは逆算して二十一時だ。  DMありがとうございます、大丈夫ですよと送信してからの、モクモク入室という円滑な流れにしよう。優秀な頭脳をフルで回転し、綾瀬は早々に結論づけた。  それでも、綾瀬は奥手で残念な美形である。  歩けば制汗剤のキャッツビーの香りを振りまき、女子の大きく濡れた瞳を煌めかせ、座ればカースト上位の友人達が蟻のように集まってくる。  だが中身は無経験の恋の(たわむれ)れを知らない童貞。所詮、青臭い十代だ。崇拝する絵師の返信を前に、今晩送信する丁寧かつ失礼のないよう渾身の文を熟考(じゅっこう)に熟考を重ね始めた。 「晴斗~! ちょっとぉ、元気ないんじゃない?」 「う、うん……。ちょっと眠れなくて」  綾瀬がDMの文を懸命かつ渾身の血を湧き立てて考えていると、裕美(ゆうみ)が隣の席にいた晴斗へ甲高く、きらきらとした声をあげていた。 (ちっ、また裕美か……)  この女、晴斗の幼馴染らしいが妙に馴れ馴しい。  大抵、平凡受には清楚で美人な女友達が存在する。二人が付き合っているという噂が乱れ流れ、美形攻が女友達へ嫉妬に駆られる。  女友達は存在するだけで、物語に安定感が生まれて、平凡受の可憐で美しい初々しさがぐんと増すのだ。  しかしながら、BL世界では最終局地点は男。ノンケの女は平凡受に潤いと甘いジェラシーというスパイスを与えるだけでいい。  ちなみに、綾瀬はこの裕美をモブノンケ枠として何十回と登場させている。が、それは一次元でのはなし。現実社会には必要ない。  要約すると、綾瀬は裕美が目障(めざわ)りだった。

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