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第七話 当惑と果実
「裕美、鈴木が困ってるだろ。寝かせてやれよ」
冷ややかな視線を送り、綾瀬は腰掛けた椅子をきしませて立ち上がる。全身を震わせながら隣の席、晴斗へゆっくりと足をのばした。
裕美の整髪スプレーが果実なのか、綾瀬の鼻を甘ったるくくすぐる。
「あやせっ! 私たちの仲に入ってこないでよ!」
「はぁ? 仲ってなんだよ。いつも隣で高い声が聞こえてくるから耳障りなんだよ」
「は〜、やだやだ。皆には優しいのに、当たりが厳しいの、ほんとやだ」
「うるせぇな、きんきん声が高い」
「はいはい、女子の声が聞きなれてないんでしょ~」
綾瀬は眉をぴくりと動かし、しょんぼりと肩を落とす晴斗を見下ろす。確かに下瞼に薄っすらと隈 らしきものが浮かぶ。綾瀬は勇気を出して、イベントフラグを立てようと慎重に言葉を選んで声をかける。
「鈴木、一緒に保健室行くか?」
「いや……。大丈夫」
晴斗はすぐに拒否の意を示した。晴斗の顔に当惑 の色がちらっと動いて、綾瀬は茫然と佇 む。教室の雑音や辺りの光をすべて拒絶するようなこわばった表情を向けられ、小さな棘が綾瀬の胸にささった。
「でも、具合悪いんじゃないのか?」
「そこまでじゃないよ」
晴斗は微笑を浮かべ、気弱そうに肩をすぼめて伏 せ目がちに机へ視線を落とした。
綾瀬は悲痛の念に打たれ、その場で膝から崩れ落ちそうになる。
(ここで強引に腕を掴んで、保健室に連れ込んだら完璧に嫌われる。つうか、拉致監禁で犯罪だ)
「ほーらね、綾瀬が急に話しかけるからハルびっくりしたじゃん。リア充はあっち行ってよ。しっしっ」
裕美はしたり顔で晴斗に目くばせをして、大げさなぐらい仰々 しく手を振った。
そして綾瀬を邪険な態度で突っぱねた。綾瀬は晴斗を心配しながらも、とぼとぼと隣席へ戻り、机に向かって深く腰掛ける。それでも全神経を耳に集めているかのようにじっと座り、左横の二人の会話に耳を傾けた。
くそ! あの女! やっぱり邪魔だ! そして、おれもハルって言いたい!
ちなみに『となりの平凡くん』では想いが通じた綾瀬(美形攻)は「ハルちん」と呼んで、作品中のハルト(平凡受)は頬を薔薇色に輝かせている。
晴斗、心なしか顔色が青ざめている……。
昨夜書いたおかず、ではなく『となりの平凡くん』では綾瀬(美形攻)はハルト(平凡受)を抱き潰していたが、ここは現実社会。雑念を取り捨てて、晴斗の青い横顔にちらりと視線を泳がす。とは言え、雑草のように物思いは深まるばかりで、綾瀬は机に突っ伏すして暗鬱 な目をじっと暗闇に注ぐ。
頬ずりしたいほど、クソ可愛い。
青白い晴斗も可愛い。裕美がうるさい分、晴斗が大和撫子のように映えて最高値に平凡受の可愛さを引き出していた。
補足だが、最新話『となりの平凡くん』の綾瀬(美形攻)は涙でぐしょぐしょな顔を舐め尽くし、嫌がるハルト(平凡受)を押し倒しながらも淫靡にひらいて、卑猥な水音をたてて巨大マグナムを突っ込んでいる。
第一印象が悪かったんだろうな……。
綾瀬は息を絶え堪えに身を伏せたまま、ベビーピンクのような甘美で荒ぶった想い出をぼんやりと回想し始めた。
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