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第八話 栄光と絶望
あれは県大会に出場したときだ。
空は淡青に晴れて、爽やかな秋風が頬を掠めていた。
そのときまで綾瀬 薫 という男はエースとしての地位を確保し、目もくらむ栄光という名の下で生きていた。風のように乾いた土埃のなかを駆け抜け、夢中になって俊敏 な足を痺れるくらい動かす。
いまとなって思えば、世界が自分を中心に回っていると自惚れていた。周りからちやほやされて驕慢 になり、すべてが上手くいくと傲慢 な心が頭をもたげていた。
ちなみにその当時は推しなどおらず、彼女もいない。マネージャー、クラスメイトからの黄色い声援を耳にしながらも、綾瀬はひたすら百メートルを一心不乱に走り抜けていた。繰り返し伝えるが、目立たぬ蝶のように静かに綾瀬の純潔は守られている。
そんな眩いほど輝いていた綾瀬へ、残酷にも神は試練を与える。
綾瀬が短距離走のスタート地点にて、選手たちと並んで板ダッシュに足をのせたときだった。
膝の関節を支える大腿四頭筋 に激しい痛みが走った。
全身に波打つような痛みが響き渡り、灼熱の刃で肉が引き裂かれるような激痛に震えて、綾瀬は膝を抱え丸くなり悶絶した。
周囲のざわめきのなか、鼓膜が破れるほどの苦悶のうめき声がでた。
顔から血の気が失せて意識がすうっと頭の中から消えていく。
すべてを失った瞬間だった。
急いで救急車で近くの大きな病院に搬送され、緊急手術が施された。
麻酔から覚めると、綾瀬は顔色が青ざめて病人のような医者から弱々しい声で、陸上をやめるよう物静かに言い渡される。
青春は灰となり、もろく崩れ去り、桜のごとく散ってしまうのが綾瀬にはみえた。
胸の中が空っぽになり、悲しげな表情に沈んだ綾瀬は病院帰りに偶然寄ったチュンク堂にて漫画を買おうとした。
そこで、隣の席である鈴木 晴斗 (将来の嫁)とばったり鉢合わせした。
――運命の出会いだった。
ちなみに怪我の原因は深夜に動画で目に入れた『危険な床オナを不自然な体勢で試みた』が誘因だったともいえる。
とはいえ、綾瀬が床オナと足ピンを禁じ、ジェルを使用して安全でイきやすい射精を心がけているなんて、誰も知る由もない。
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