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第十話 もっけの幸い

「……なんだ、コレ。平凡くん?」  綾瀬(あやせ)は無為のままベッドで寝そべり、真顔になって呟いた。松葉杖は部屋脇において、晴斗の大量の本を脇に熱心に読んでいた矢先だった。漫画の表紙へ瞳を凝らすと、爽やかな笑顔を浮かべる美青年と冴えない男が上気した顔で並んでいる。表紙の名前は『生徒会長は平凡くんがお好き!』という表題が目の中に飛び込んできた。  ついさっきまで、三十巻のバスケ青春漫画を読んでいた綾瀬である。  最終巻、決戦である河南高校との試合を緊張する手で読んだ中身は晴斗の姉がもつ初級者用布教本『生徒会長は平凡くんがお好き!』だった。確かに学校が舞台だが、タッチなど変わったのかな、おかしいな……と思いつつ、すでに五十ページまで読んでしまう。  はっきり言うと、生徒会長が平凡くんに熱い口づけを唇に落とすところまで読んでしまったのだ。  『生徒会長は平凡くんがお好き!』、こと『平凡くん』とはBL界を一世風靡した神漫画だ。  全二十二巻。バブル出版社、レーベルは白桃コミック。神修正は黒海苔。いわんや、ほぼ美味しいちんぽである。  おっといけない。  紙修正だ。修正が神過ぎて誤字が……。  ともあれ、『平凡くん』累計発行部数一億という驚異的数字を打ち出す。そして発行部数だけでなく『このマンガがパネエ!』にもBLで唯一ランキング入りを果たした金星をあげる。  内容についてご紹介しよう。  単調な教師の声や生徒たちのささやき声のなか、昼に流れる悩み相談室を通じて、弓道部である生徒会長が放送部である平凡くんに恋をしたためていくというものだ。  発行とともに、性欲を腐食された腐人達が咽び泣いた瞬間だった。  超美形のチート生徒会長(攻)が平々凡々(受)を抜けられない愛欲の地獄へと引きずりこむという大作に信者は書店へと殺到する。  会計レジで泣き出すもの、神からの深い愛に感謝するもの、神への教えを信じるものなど開店前から店は騒然とし、書店員が一致団結して整理券を配ったほどだった。  つまり、BLを紹介するには最適の一冊を最終巻と間違え、聖書ともいえる本を手にしてしまった。  え、まって、これ、なんだよ……。  紙面をめくっているうちに、とぷんと陥ってしまう感覚に襲われる。  ――そう、沼。  誰しもが、ふとしたはずみで、闇の夜に濡れた輝きを放つ性的な妄想の沼へと足を落としてしまう。息もつかずに、ずるずると深い淵に吸い寄せられ、甘い蜜壺をもった妖精たちが花から花へと銀色に濡れた(はね)を揺らし、誘惑へ抗うことなく従ってしまう。  次から次へと溢れこぼれるトキメキと萌。綾瀬はざわざわという胸騒ぎが収まらず、ごくんと生唾を飲みこんだ。  その夜、綾瀬はBLという新しい境地を開拓した。

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