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第十一話 しゃかりきなじゃじゃ馬

 早速、情報過多で溢れたネット社会に血相を変えて飛び込もうと、足を引きずって机の上で埃をかぶっていたノートパソコンを開く。  国家機密でも分析するように、情報収集力にたけている綾瀬は濡れた瞳を()らして、かつ真剣な眼差しを注ぎ、手をつくして調べ始めた。  平凡受、溺愛、スパダリ、学園モノ、俺様、眼鏡、ワンコ、幼馴染、ツンデレ、ヘタレ、人外・獣、芸能人、ラブコメ、オフィス、ヤンキー、童貞、王族……。  沼は蝶のように光輝(こうき)を発して誘い、はてもないほどひろく、いつしか抜き差しならない深みに首までどっぷり浸かってしまう強敵だった。そして、迷える子羊は息つく暇もなく沈んでもがく。触手、モブレ、ガチ受、任侠(やくざ)、背徳、男の娘、奴隷・調教、鬼畜。様々な名作が(とどろ)いて、人々はもがきながらはい出れない深みへ落ちてゆく。綾瀬もマウスをクリックを押すたびに、じわじわと深みへ足を引っ張り込まれていた。  しかしながら、はたと綾瀬は気づく。  どの世界も思いのほか未成年には厳しい。ニャンタ、ピーモア、ポント、電子書籍も十八歳という年齢を求められてしまう。さらに少ない小遣いである軍資金は現金しかなくクレジットカード決済などできない。迷路のような果てのない薔薇の道は複雑多岐にわたり、Twatterで情報を求めようともすぐに未成年という鋭い刃でブロックされてしまう始末だ。  欲しくてたまらない糧が枯渇(こかつ)してしまうと、そばにある鉛筆や消しゴムまで全てが攻と受にみえてしまう。まるで病に冒されたように、欲しいと心の底から垂涎(すいえん)する。『平凡くん』は二十回ほどループし終えて台詞まで暗誦(あんしょう)できる境地に達していた。  綾瀬は一晩まんじりともしないで考え、混沌とした悩みに鬱々(うつうつ)と頭を悩ませた。真夜中が過ぎて日付が変わり、窓の外は闇深い夜色に包まれる。綾瀬は物音ひとつ立てずに死ぬほどの苦悩を味わい、身を剥ぐような辛さを忍んだ。 (くそ! このままで終われない! 無料サンプルも読みつくした!)  午前五時だろうか、灰色の窓枠から一筋の光が射し込む。東の空から日が昇り、綾瀬の部屋は眩しいほどの光にあふれ、綾瀬は眩しさに目を細めた。  ――バブリスタ  無料で読める小説投稿サイト。綾瀬は肩を震えさせて、マウスをゆっくりと円を描くように回した。平凡受と検索するだけで、ありあまるほどの小説がヒットし、うら若き青年の綾瀬でも読めるのを知ってしまう。  すごい! なんだコレは! 神たちが集うフィナーレじゃないか!?  なんだこの、イカ臭太郎の「平凡が美形に追われてます!」は。イカれてる! 最高じゃないか!  気絶しそうなくらい意識が混濁していた脳は開花した。  そのまま綾瀬はバブリスタの住人となり、貪り狂ったように萌を読み尽くす。  みんな違って、みんないい。ちんぽ搾取(さくしゅ)工場系、失踪系に切なみ溢れる健気受け、溺愛スパダリ攻め。どの作品も情熱を込めた魅力的なものだった。  だが、やっぱり安定した平凡受が最強だと登校日を一時間前にして、綾瀬は間違いないという確信を得る。  部屋の窓からは眩いほどの青空から日射しが降り注ぎ、ベランダにいた鳩が自由な羽ばたきを上げて飛び立つ瞬間だった。

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