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第十二話 恋するフォーチュン
寝ぼけまなこで校門をくぐり、眠りから醒めたばかりの目に眩しい朝日に目を細めて、むっつりと黙ったまま教室へ向かう。久しぶりの登校は歯切れよく挨拶をして笑いかけると、緊張が解けた友人たちは綾瀬にわいわいと群がるように集まってくる。
おまえ、どうしたんだよ? 大丈夫なのか? ねぇねぇ、勉強しての? テスト明日だよ?
ひと通り答えてから、綾瀬は席につく。
電車とバスでは「総受けですよ、平凡くん」を読んでしまい、夢中になって乗り過ごしてしまうところだったので、こっそりとスマホを覗いてバブリスタをみてしまう。
全寮制の男子高校で、生徒会メンバーからの寵愛を受ける平凡くん。最高である。可もなく不可もない、冴えない、心優しいやつ。そんな人間などいるのだろうか。
綾瀬は溜息まじりに画面を閉じて、なんとなしに左手の窓を眺め、ぎょっとして目を疑った。寝不足で瞼をこすり、二度見した。
え?
もう一度みる。いた。人がいる。いや、いるけど、人間がいる。
あ、鈴木晴斗か。あ、そうだ漫画を借りたな。うん、そうだ、
ぼやけた頭で瞼をしばたたき、綾瀬ははっとする。そうだ、漫画をこいつから借りたんだ。礼ぐらい言わなければいけないなっと席を立って、重たい足をあげて近寄る。
「おはよう。あ、漫画読んだよ。ありがとう。明日持ってくる」
「え! あ、うん、おはよう」
「あのさ、生徒会長が平凡くんを……」
言いかけようとすると、晴斗の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。なにこれ、可愛い。
「ふぁ! え? あの、まって、まって」
慌てて晴斗は綾瀬の口を抑えた。ふにっと綾瀬の唇が指先に触れると、晴斗は茹でタコのように朱色に染まっていく。
え……?
「あ、あのさ……」
「うわああああああ、ごめんなさい。あれ、あ、あ、あ、姉のなんだ! ごめん。変なもの渡しちゃって、最終巻また貸すね!」
晴斗は曖昧な焦点の定まらない視線を宙に浮かせて、蚊のような声でつぶやいた。その表情はまるで、さきほど読んでいた総受けの平凡くんの反応に瓜二つに映る。え、なにこれ、天使? ミカエル堕ちた?
宝石をひっくり返したように煌めいてみえ、晴斗の潤んだ瞳と視線がかち合う。
トゥクン……。
綾瀬は寝不足ながら、不整脈で倒れそうになった。
まあ、つまり、恋に落ちたわけである。
可愛い、かわいい、かわいいかわいいかわいい、なにこれ、かわいい。
睡眠不足で頭が狂っていた綾瀬は、さらに狂気と化した。
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