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第4話
「死ね」
右手に込めた魔力を一気に放った。
黒々とした魔力の塊は巨大な砲丸のようになって、サトウユウジへ一直線に向かう。
本来魔力はその時の状況に応じて様々な形に変化させ戦うものだが、他の者より魔力が多い俺はそんなもの必要ない。
この一撃だけで充分、人一人殺せる。
「ユウジ!!」
客席から奴の安否を心配する声が聞こえたが、もう遅い。奴はこれで終わりーーーー。
「こんなものですか?」
「なっ……」
俺がぶつけたはずの魔力は、サトウユウジにぶつかる前に散り散りなり消えてしまった。
奴は今何をした?
これほどの魔力を一瞬で散らすなど、今まで戦った魔術師にはいなかった。
それこそ、俺の兄以外は。
「今のは魔力をただぶつけただけですよね?もっと色んなものを見てみたいのですが……」
「……はっ。よかろう。後悔するなよ」
俺は全身に魔力を巡らせ、頭の中で魔力の形を想像する。そして右手を天にかざし、下へ振り下ろした。
「落ちろ」
瞬間、雷の形へ変化させた俺の魔力が、サトウユウジの身体に直撃した。
観客が騒めき、悲鳴上げる。
黒煙でよく見えないが、流石にあれを防ぐことなど出来はしないだろう。そう思っていた。
「成程。これが魔術なのですね」
「なっ!?何故ッ!?何故生きている!?」
「あ……もしかして今のは、僕を殺すつもりだったのですか?それはすみません。気が尽きませんでした」
服の汚れをパッパッと払い落すくらいで、サトウユウジの身体には傷一つついていない。
まるで今の攻撃が当たっていないかのように。
「貴様。なにをした」
「なにも。と言いたいところでしたが、流石に守りには入りましたよ。僕も無敵と言うわけではありませんので」
「チッ。一体どんな魔術を使って……」
「それより、足元気を付けた方がいいですよ」
「はっ?なっ!?ウォアアァアーーーー!!!!」
足元に目を向けると、いつのまにか俺の両足首にはコンクリートの床を突き破って生えていた植物のツタが巻き付いており。そのまま俺の身体を宙吊りにした。
「クソッ!!家畜ごときがッ!!この俺をなめるなッ!!」
頭の中で赤い炎をイメージし、足に巻き付いたツタを一気に燃やす。
自由になった身体はそのまま地面に落下していくが、直前に体勢を立て直して着地した。
だがその直後。サトウユウジの指が鳴ったと同時に、透き通るような美しい青色が俺を包み込んだ。
「ボコッ、ガッボゴッ!?」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、鼻と口に大量の水が流れ込み、俺の酸素を奪ったところで、ここが水の中だと理解できた。
しかし理解したところですでに酸素は足りず、パニックになった頭では魔力を想像することも出来ない。
ただただ苦しい。死ぬ。本当に死んでしまう。
「ガボッ!!ゴボボッ!!」
「苦しいでしょ?貴方を水の塊に閉じ込めたのです」
そんなのどうでもいい!!いいから早く、ここから出してくれ!!そう言いたいが、声は出せないし、もがけばもがくほど限界が近づいてくる。
「出してほしいですか?」
「ごぼっ!!」
「では、負けを認めますか?」
『負け』そんな言葉が軽く聞こえてしまうほど、俺は切羽詰まっていたのだろう。
気づけば俺の頭は、必死に縦に振っていた。
「では、僕の勝ちですね」
水の塊がパンッ!!と弾けた。
「ゴホッ!!ガハッ!!」
喉まで入り込んでいた大量の水を吐き出し、新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。そうしてようやく酸素が脳を巡り、思考がようやく動き出した時には、俺の胸の刻印は赤く色づいていた。
「イッーーーー!!」
ジュッと、一瞬熱いものに触れた時の様な痛みが胸に走る。
この俺が、こんな魔術の常識も持たない男に……負けてしまった。
しかも圧倒的に、完膚なきまでに。
「ありえん……こんなの……ありえるはずが」
「これが事実ですよ。貴方は僕に負けたのです」
地べたに座り込んだままの俺を見下ろしてくるサトウユウジの目が、兄の目と重なる。
一番尊敬していた人だった。一番大好きな人だった。
けど、兄は決して俺を認めなかった。いつだってその目は、俺を見下していた。
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