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第18話
一限目の授業が終わっていたのだろう。ガヤガヤとお喋りの空間になっていた教室へ、俺は一呼吸してから足を踏み入れる。
すると、案の定あんなにも騒がしかった空間が一瞬で静まり返った。
十中八九昨日の件だろう。皆、わざと俺から視線を外したまま他の奴らにコソコソ耳打ちをしている。
まぁ、今更どうでもいいことだ。
寧ろ今までのように馬鹿にされ、仕返しされるよりかはまだマシだ。
「はぁ。まったく」
腰が痛いというのもあるが、朝から色々と疲れる。
チクチクと刺さる視線を無視しながら、俺は自分の席へと腰を下ろし、大きなあくびを一つ漏らす。
やはりサボっておけばよかった。
何故かサトウユウジも教室にいないし。
「あ、あの。レンフォート様」
「……あ?」
横から声を掛けられて、思わず変な声が出てしまった。
この重たい空気の中、俺に話しかけてきたのは三人の女共。
その目は俺に対する恐怖でも蔑みでもなく、何故か好奇に満ちていた。
「そ、その……今日は髪、上げていらっしゃらないのですね」
「あ?あぁ……ワックスがなかったからな」
「下ろしている姿も素敵です」
「……は?なんだ急に」
なんだ?何故急に髪の話なんかしてくるんだコイツ等は。一体何を考えているんだ?
「その、レンフォート様。今はユウジ君とご一緒のお部屋に住んでいるのですか?」
「……だからなんだ」
「い、いえ!!ただ、なんだかいつもよりレンフォート様の顔が穏やかになられたなぁと思ったので……」
「はぁあ!?」
穏やかになっただと?何を言っているんだこの女共は。というか、なに頬を赤らめているんだ!?
「駄目だよ皆。ブラッド様はもう僕のだからね」
「はっ!?ユ、じゃなかった。サトウユウジ!?貴様何を言ってーー」
「きゃーー!!素敵です!!」
は?
「お邪魔して申し訳ありませんでしたーー!!」
「は!?オイ、ちょっ」
俺の背後から腕を回して抱きついてきたユウジに、女共はより一層顔を真っ赤にしながらキャーキャーと黄色い声を上げて教室を飛び出してしまった。
一体これは、どういう状況なんだ。
「やっと来てくださったのですねブラッド。一時限目はもう終わってしまいましたよ?」
「オイ。馴れ馴れしく抱きついてくるな」
「何を言っているのですか。貴方はもう僕のモノなんですから、手元に置いておくのは当たり前じゃないですか」
「誰が貴様のものだ。大体それは大事なモノの時の話だろ。俺は貴様にとってただの都合の良い道具。適当に放置しておけばいい。どうせ俺は貴様には逆らえないのだから」
「大事なモノですよ。貴方は」
「なっ!?……チッ」
「よくもそんな恥ずかしいことが言えるな。どこの少女漫画の主人公だ」とでも言ってやりたかったが、動揺と恥ずかしさでそれどころじゃなかった。
「はぁ。少しは自重しろ。女の前で恥をかいた」
「でも、皆喜んでましたよ?」
「それが分からん。何を喜んでいるんだアイツ等は」
「僕と貴方が、こういう関係ってことに興奮されているのですよ」
「……は!?」
「因みに、ここのクラスメイトは皆大体察しています」
「ま、まさか……バラしたのか?昨日の夜のことを」
「詳しくは話したりしませんよ。ただ、僕とブラッドが同居していることは全員把握済みです」
「は?それだけ」
「はい。それだけで女子達は妄想を膨らまし、そして他の男子にまで僕とブラッドが恋人同士という噂が流れています」
「クソ女共がぁあ!!」
俺とコイツが恋人同士だと!?
そんな、甘い関係に俺とコイツがなれるわけないだろう!?ふざけるな!!
大体この俺が、貴族でもないただの平民で魔力も持たない男なんかに惚れるわけがっ……いや、まぁだが俺より強いのは認めるし。顔も悪くないがな。セックスもうまいし。
「あぁクソッ。また変な考えを」
「どうしました?」
「黙れ。いい加減離れろ。どこぞで貴様のひっつき虫が待ってるんじゃないのか?」
「あぁ、ルイスなら今日は来ていませんよ。昨日の事が大分堪えたのかもしれません」
「あっそ」
まぁあの家畜がいないなら、こちらとしても静かで嬉しいが……。
何故だろうか。
少しだけ胸がざわつく。
「授業を始めますよ。皆さん席についてください」
「……えっ」
講師からの、いつもの号令。
そのはずなのに、その声は俺の耳に嫌と言うほどこびりつく。
それは、聞き覚えのある声だからだ。
俺が一番聞きたくなかった、トラウマの声。
「きゃあーー!!なんでなんで?」
「どうしてあのお方がここに?」
「相変わらず素敵ですわぁ……」
月の様な美しい金色の髪に、透き通るような薄緑の瞳。そして女共の心を撃ち落とす柔らかな笑み。社交的で人望も魔力も高い、俺とは正反対な男。
「ブ、ブレイク兄様」
魔術学校を卒業して三年。
魔術として優秀な人材であるブレイク・レンフォートが、再びこの教室へと足を踏み入れていた。
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