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第19話
「久しぶりだね。ブラッド」
「っ……お久しぶりでございます。兄上様」
授業が終わると、案の定俺はブレイク兄様に呼び出され、人通りの少ない廊下で緊迫した状況に陥っている。
「実はね、今日からここに時々特別授業をしに来ることになってね。連絡もせず突然で驚いただろ?」
「は、はい」
窓から差し込む夕日が、ブレイク兄様の表情を隠す。いや違う。俺が見れないだけだ。この人の顔を。
「そういえば面白い話を耳にしたのだけど……ブラッド。ここに転校生してきた日本人に、魔術で負けたんだってね」
「ッ!!」
「しかも契約まで結んで、挙句にズルまでしたというのに呆気なく負けたって聞いたよ。それからは好き放題してきた罰を受けるように寮まで壊されて、その転校生に助けてもらったって」
「そ、れは……」
「ふっ。全く……相変わらず私がいないと駄目な弟のままだね」
グサリと、胸を貫かれた音がした。
「いい加減理解したらどうだい?ブラッドは、私がいないと何もできないということを」
「そ、そんなことは!!」
「現に今、君は孤独だろう?誰からも好かれず、誰からも認めてもらえず、一人で突っ走って、結局唯一誇れていた魔術でも負けた。ブラッド。君には何もないんだ。私と言う最高の兄以外なにも……ね」
白くて長い指が俺の顎を優しく掴むと、下を向いていた俺を、無理矢理自分の方へ向かせてきた。
薄緑の瞳が、恐怖に染まった俺の顔を映してくる。
「今でも遅くない。家に帰っておいでブラッド。君は私が守ってあげるよ。もう何もしなくてもいいように。人形のように私の側でずっとただ「兄上様」と呼んでいてくれ」
あぁ、やはりブレイク兄様は昔から変わらない。
俺を何もできない弟だと言い、俺が何をやっても貶してきた。全部自分がやるから、何もするなと全てから何もかもを遠ざけられてきた。
確かに俺はブレイク兄様より、魔術も社交性も知性も地位も全てが劣っている。
だから俺まで、ブレイク兄様の言い分が正しいと思ってしまうのだ。
俺は何も出来ない。何も無い。何も得られやしない。
そう思ってしまう自分が怖かった。
そして、俺を守ると言いながら自分の理想の弟像を俺に押し付け、俺を人形の様に扱ってくる兄の存在もまた怖かった。
だから俺は、ここに逃げてきたというのに……。
何故こんなことになった。
何故今更この学校に足を踏み入れてきた。
俺を連れて帰るのが、本当にブレイク兄様の目的なのか?
「どうしたブラッド?一緒に荷物をまとめる準備をしに行こう。ほら、おいで」
ここを出て行けば、俺はまたあの家に隔離される。また見下され、惨めな思いを味わう羽目になる。
……あぁだが、それはここでも同じか。
学校の奴等もまた、今の俺を見下している。
一人を除いてはーー。
「お、お待ちください兄上様!!俺はまだやれます!!たとえ一人でも!!」
「いや無理だよブラッド。君は何もできない」
「そんなことは!!」
「無理に頑張らなくていい。何もしなくていいんだ」
駄目だ。何を言っても否定される。
俺はレンフォート家の最強魔術師で、弱者を踏みつぶし、女も金も地位も全て手に入れる……そう思っていたのに。
だがやはり、この男の前では俺はなにも出来ないのか?
このまま俺は、アイツともう会えないのか?
こんな変な気持ちを残したまま、俺はアイツと離れてしまうのか?
それはーー嫌だな。
「お待ちください」
力強い声が、廊下に響き渡る。
「この方を連れていかれては困ります」
「サトウ……ユウジ」
いつからいたのか、柱の陰から姿を現したユウジは、コツコツと足音を鳴らしながらこちらへ近づいてきた。
「……君は?」
「申し遅れました。佐藤優士と申します。気軽にユウジと呼んでください」
「あぁ!!君が例の転校生君か。ブラッドがお世話になったみたいで」
「いいえ。僕が好きでやっている事ですから」
「へぇ……君が好きでやったことなんだねユウジ君。ブラッドを契約で縛り付けていることも、自分の寮に住まわせていることも」
「はい。そうです」
なんだ、このただならぬ空気は。
ブレイク兄様とユウジの間に、バチバチと火花が散っているようにも見える。
「失礼を承知で言いますブレイク・レンフォート様。ブラッドは今、私と契約で結ばれている身であります。なので、勝手に連れていかれては困ります」
「おやおや。勝手は君の方じゃないのかな?ブラッドは私の可愛い弟だよ?大事な家族を連れて帰って何が悪いのかな?」
「ブラッド様の意見は無視してでも……ですか?」
「あのね。ブラッドは私がいないと何もできない子なんだよ。だから彼がどんな考えだったとしても、私はブラッドの為に連れて帰るつもりだよ」
「何がブラッドの為ですか。弟好きな貴方の単なる我が儘じゃないですか。いい加減彼に、自分の理想の弟像を押し付けるのは止めてあげてください」
「……なに?」
サトウユウジの声が、どんどん激しい怒りに満ちていく。
「大体ブラッドが何もできないわけないじゃないですか。彼はこの学校で誰よりも成績優秀で、魔術だって最高クラスです。一体今まで彼のどこを見てきたのですか?」
「私はブラッドの兄だ。小さいころからずっと弟を見てきている」
「なら何故そんな事を言うのですか!!僕は貴方よりブラッドと過ごした時間は格段に少ないです。でも、それでも知っています。彼は弱くない!!」
他の生徒達から俺をかばった時とはまた違う、激しい怒り。
アイツが怒鳴るところなんて、初めて見たかもしれない。
「っ……」
胸がギュッと締め付けられる。
表現しづらい感情がぐわっと込み上げて、涙がこぼれそうになる。
「っ……ほんと、なんなんだお前は……」
圧倒的な強さでこの俺を負かしたくせに、何故俺は弱くないなんて言ってくれるんだ。何故俺の為にそこまで怒ってくれるんだ。何故俺を認めてくれるんだ。
そんな事言われたら、もう俺は……お前を。
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