23 / 28
第22話
目を開けると俺は、壁も床も全てが真っ白な空間にただ佇んでいた。
「……どこだここは」
辺りを見渡していると、どこからかシクシクと子供の泣き声が聞こえてくる。
『どうして……おとうさん、おかあさん……』
泣き声のする方へ足を運ぶと、艶のある真っ黒な髪をした少年が蹲って泣いていた。その足元には、その少年の父親と母親であろう大人二人の亡骸が倒れている。
瞬間。先ほどまで真っ白だった空間が、一面真っ赤な炎に包まれた。
炎の中には焦げた死体が数体と、崩れてしまった建物がいくつもある。
「不思議だ。全く熱くない」
炎に触っても熱さも痛みも感じない。それどころか、死体に触ろうとするとすり抜けてしまう。
成る程、ここは夢の中か。
夢の中で俺は、誰かの過去を見ている。
いや、これが誰の過去なのかなんて、あの少年を見れば大方予想できる。
「ここは、サトウユウジの過去か」
涙を流したまま、頬に返り血を浴びていた少年は静かに立ち上がる。
『どうして魔法使いってだけで、僕達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。魔法の何がいけないっていうんだ』
少年が右手を空に向かって伸ばし、パチンっと指を鳴らすと、雨雲一つない空から突然大量の雨が降り注ぎ、燃えていた炎を徐々に消していった。
『いつか……僕がもっと強い魔法使いになったら……絶対に魔術師に復讐してやる』
流していた涙は雨粒で流され、少年の目にはただ復讐心だけが満ち溢れていた。
「やはりユウジは、魔法使いだったのか」
なんとなくそんな気はしていた。
魔力判定はⅮのくせにあの強さ。そして見たことが無い魔術ばかり。
「全くアイツは……隠す気が無いのか?」
だが、それでも俺が知らないふりをしていたのは多分……ユウジとまだ共に過ごしたいと思っていたからだろう。
「ん?じゃあまて。この契約は、自身の中に流れる魔力が刻印となって成立するもの。ってことは……もし俺が勝っていたとしても、アイツの胸には刻印が刻まれなかったという事か!?最初から俺だけが損する試合だったということじゃないか!?……いや、結局負けたのは俺なんだが」
まさかの衝撃的な事実に頭を抱えていると、足元が一面緑の草木に覆われる。
場所が変わって再び周りを見渡すと、ユウジとは別の見覚えのある少年が目に入る。
美しい銀髪を揺らしながら、目をつぶってぶつぶつと呪文のようなものを唱えている少年は、そのまま手のひらで円形の黒い渦を作り出す。
あれは魔力の塊だ。
しかしその形はまだまだ小さい。今の俺ならあの程度、指一本で弾き返すことができるだろう。
それほどあの頃の俺は、まだまだ弱かったのだ。
『クソッ!!また失敗か!!』
魔力切れなのか、ただただ疲れたのか、その場で大の字になって倒れ込む幼い頃の俺。
そういえばいつも魔術の練習をする時は、誰にも見られないようここに来ていたな……。
『ねぇ君。どうしてそこまでして魔術を練習するの?』
俺の背後に立つのは、真っ黒の髪の少年。その表情には、胡散臭い微笑みなんてものはない。
『あ?なんだお前。この俺に気安く話しかけるな』
そして、その少年に対し近寄るなと目で訴えかける幼い頃の俺。
「いや、ちょっと待て」
まさか俺とユウジは、幼い頃に会っていた……ということなのか?
『ねぇ。そんなに強くなりたいなら、僕と勝負してよ。もしかしたらうっかり殺しちゃうかもだけど』
『は?……貴様この俺に対して、よくもそんな生意気な態度をとったものだな。いいだろう。この俺が直々に相手をしてやる」
子供とは思えない発言をする俺とユウジに、流石の俺も少し……いやかなりドン引いてしまう。
だが、ようやく思い出した。
俺は、突然現れた少年と勝負をする羽目になって、その結果。
『つ、強い……』
あっけなく負けた。
まぁ、今でも勝てないのだから当然だろう。
『なーんだ。こんなものなの?魔術師って』
『……あぁそうだ。俺の実力はこんなものだ。父上にも母上にも、そして兄上様にも認めてもらえない。弱者だ』
この頃の俺は敗北に慣れていた。
どれだけ頑張っても誰にも認めてもらえず。強くなるために毎日一人で魔術を練習していた。
「結局今になっても認めてもらえないがな……」
だがあの頃の俺は、自分がブレイク兄様に勝てないと理解してたにも関わらず。諦めるということを知らなかった。
『それでも俺は、絶対に強くなる。誰もが認める魔術師になって、いつか兄上様を見返してやるんだ』
『……そのために君は、こうして魔術の練習をしているの?』
『あぁそうだ。だからなんだ?貴様には関係のない事だろう』
『魔法使いを殺すため……とかじゃないの?』
『あ?あぁ、確かにそういう奴は多いな』
『やっぱり』
『俺はどうでもいいがな』
『え?』
『魔法使いとかそんなものどうでもいい。俺はただ兄上様を見返し、俺を見下す奴は全員俺自身の力でねじ伏せる。それだけだ』
『どう、でも……いいの?だって君達魔術師にとって魔法使いは危険な存在なんでしょ?』
『魔法使いの奴等から攻撃をしかけてきたら勿論叩きのめす。だが、そうでないのならどうでもいい。それに魔術師も魔法使いも、結局使う奴によって危険かどうか変わるだろう。魔法使い全員が凶暴とは限らん。正直俺にとっては、兄上様の方がよっぽど恐ろしいしな』
『そう……なんだ』
『というか貴様。絶対に明日も来いよ。今度はこの俺が勝つ』
あっさり負けといてよくもあんな大口を叩けたものだな……餓鬼の俺は。
『……あ、はは』
『何を笑っている』
『いや、ただ……なんだか少し、気持ちが軽くなったんだ。君のおかげでね』
『?意味が分からん』
『じゃあ、僕に勝ったら今の言葉の意味教えてあげる』
『ほう。上等だ。いつでもこい』
それからというもの、幼い頃の俺はユウジと何度も勝負し、そして一度も勝つことはなかった。
「何故俺は、今まで忘れていたんだ」
トラウマだらけの生活の中で、唯一自分というものを曝け出せた時間だったはずなのに。俺はこの思い出を綺麗さっぱり忘れていた。
「……いや違う。確かあの時」
『ごめんなさい。僕は貴方に近づきすぎた』
『なんの話……』
『今の僕じゃまだ君を守れない。だから……僕が強くなったらいつか……会いに行くから』
その言葉を最後に、ユウジは俺を眠らせ、そのまま姿を消した。
そうだ。あれから目を覚ました俺は、一部記憶が欠落していると医者に言われた。
その欠落した部分は全て、幼いユウジと過ごした記憶だったのか。
「成程。アイツが魔法使いだったのなら、あの時の言葉の意味も何となく理解できる」
きっと俺が魔法使いと繋がっているなんて知れたら、俺の立場が危うくなることを警戒して、あんな方法をとったのだろう。
「そういえば、いつか会いに行くと言っていたが……まさかアイツがこの学校に来たのは」
俺に会う為だったのか?
「そんなレンフォート様をお慕いしているユウジ君は今、貴方のお兄様に殺されかけています」
「は?」
姿はないのに、カトレア・ローレンスの声だけが耳に入ってくる。
「早く起きてください。そして、ユウジ君を助けてください。レンフォート様」
空間が歪んでいく。
俺は、目を覚まさなければいけない。
ともだちにシェアしよう!