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第22話

目を開けると俺は、壁も床も全てが真っ白な空間にただ佇んでいた。 「……どこだここは」 辺りを見渡していると、どこからかシクシクと子供の泣き声が聞こえてくる。 『どうして……おとうさん、おかあさん……』 泣き声のする方へ足を運ぶと、艶のある真っ黒な髪をした少年が蹲って泣いていた。その足元には、その少年の父親と母親であろう大人二人の亡骸が倒れている。 瞬間。先ほどまで真っ白だった空間が、一面真っ赤な炎に包まれた。 炎の中には焦げた死体が数体と、崩れてしまった建物がいくつもある。 「不思議だ。全く熱くない」 炎に触っても熱さも痛みも感じない。それどころか、死体に触ろうとするとすり抜けてしまう。 成る程、ここは夢の中か。 夢の中で俺は、誰かの過去を見ている。 いや、これが誰の過去なのかなんて、あの少年を見れば大方予想できる。 「ここは、サトウユウジの過去か」 涙を流したまま、頬に返り血を浴びていた少年は静かに立ち上がる。 『どうして魔法使いってだけで、僕達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。魔法の何がいけないっていうんだ』 少年が右手を空に向かって伸ばし、パチンっと指を鳴らすと、雨雲一つない空から突然大量の雨が降り注ぎ、燃えていた炎を徐々に消していった。 『いつか……僕がもっと強い魔法使いになったら……絶対に魔術師に復讐してやる』 流していた涙は雨粒で流され、少年の目にはただ復讐心だけが満ち溢れていた。 「やはりユウジは、魔法使いだったのか」 なんとなくそんな気はしていた。 魔力判定はⅮのくせにあの強さ。そして見たことが無い魔術ばかり。 「全くアイツは……隠す気が無いのか?」 だが、それでも俺が知らないふりをしていたのは多分……ユウジとまだ共に過ごしたいと思っていたからだろう。 「ん?じゃあまて。この契約は、自身の中に流れる魔力が刻印となって成立するもの。ってことは……もし俺が勝っていたとしても、アイツの胸には刻印が刻まれなかったという事か!?最初から俺だけが損する試合だったということじゃないか!?……いや、結局負けたのは俺なんだが」 まさかの衝撃的な事実に頭を抱えていると、足元が一面緑の草木に覆われる。 場所が変わって再び周りを見渡すと、ユウジとは別の見覚えのある少年が目に入る。 美しい銀髪を揺らしながら、目をつぶってぶつぶつと呪文のようなものを唱えている少年は、そのまま手のひらで円形の黒い渦を作り出す。 あれは魔力の塊だ。 しかしその形はまだまだ小さい。今の俺ならあの程度、指一本で弾き返すことができるだろう。 それほどあの頃の俺は、まだまだ弱かったのだ。 『クソッ!!また失敗か!!』 魔力切れなのか、ただただ疲れたのか、その場で大の字になって倒れ込む幼い頃の俺。 そういえばいつも魔術の練習をする時は、誰にも見られないようここに来ていたな……。 『ねぇ君。どうしてそこまでして魔術を練習するの?』 俺の背後に立つのは、真っ黒の髪の少年。その表情には、胡散臭い微笑みなんてものはない。 『あ?なんだお前。この俺に気安く話しかけるな』 そして、その少年に対し近寄るなと目で訴えかける幼い頃の俺。 「いや、ちょっと待て」 まさか俺とユウジは、幼い頃に会っていた……ということなのか? 『ねぇ。そんなに強くなりたいなら、僕と勝負してよ。もしかしたらうっかり殺しちゃうかもだけど』 『は?……貴様この俺に対して、よくもそんな生意気な態度をとったものだな。いいだろう。この俺が直々に相手をしてやる」 子供とは思えない発言をする俺とユウジに、流石の俺も少し……いやかなりドン引いてしまう。 だが、ようやく思い出した。 俺は、突然現れた少年と勝負をする羽目になって、その結果。 『つ、強い……』 あっけなく負けた。 まぁ、今でも勝てないのだから当然だろう。 『なーんだ。こんなものなの?魔術師って』 『……あぁそうだ。俺の実力はこんなものだ。父上にも母上にも、そして兄上様にも認めてもらえない。弱者だ』 この頃の俺は敗北に慣れていた。 どれだけ頑張っても誰にも認めてもらえず。強くなるために毎日一人で魔術を練習していた。 「結局今になっても認めてもらえないがな……」 だがあの頃の俺は、自分がブレイク兄様に勝てないと理解してたにも関わらず。諦めるということを知らなかった。 『それでも俺は、絶対に強くなる。誰もが認める魔術師になって、いつか兄上様を見返してやるんだ』 『……そのために君は、こうして魔術の練習をしているの?』 『あぁそうだ。だからなんだ?貴様には関係のない事だろう』 『魔法使いを殺すため……とかじゃないの?』 『あ?あぁ、確かにそういう奴は多いな』 『やっぱり』 『俺はどうでもいいがな』 『え?』 『魔法使いとかそんなものどうでもいい。俺はただ兄上様を見返し、俺を見下す奴は全員俺自身の力でねじ伏せる。それだけだ』 『どう、でも……いいの?だって君達魔術師にとって魔法使いは危険な存在なんでしょ?』 『魔法使いの奴等から攻撃をしかけてきたら勿論叩きのめす。だが、そうでないのならどうでもいい。それに魔術師も魔法使いも、結局使う奴によって危険かどうか変わるだろう。魔法使い全員が凶暴とは限らん。正直俺にとっては、兄上様の方がよっぽど恐ろしいしな』 『そう……なんだ』 『というか貴様。絶対に明日も来いよ。今度はこの俺が勝つ』 あっさり負けといてよくもあんな大口を叩けたものだな……餓鬼の俺は。 『……あ、はは』 『何を笑っている』 『いや、ただ……なんだか少し、気持ちが軽くなったんだ。君のおかげでね』 『?意味が分からん』 『じゃあ、僕に勝ったら今の言葉の意味教えてあげる』 『ほう。上等だ。いつでもこい』 それからというもの、幼い頃の俺はユウジと何度も勝負し、そして一度も勝つことはなかった。 「何故俺は、今まで忘れていたんだ」 トラウマだらけの生活の中で、唯一自分というものを曝け出せた時間だったはずなのに。俺はこの思い出を綺麗さっぱり忘れていた。 「……いや違う。確かあの時」 『ごめんなさい。僕は貴方に近づきすぎた』 『なんの話……』 『今の僕じゃまだ君を守れない。だから……僕が強くなったらいつか……会いに行くから』 その言葉を最後に、ユウジは俺を眠らせ、そのまま姿を消した。 そうだ。あれから目を覚ました俺は、一部記憶が欠落していると医者に言われた。 その欠落した部分は全て、幼いユウジと過ごした記憶だったのか。 「成程。アイツが魔法使いだったのなら、あの時の言葉の意味も何となく理解できる」 きっと俺が魔法使いと繋がっているなんて知れたら、俺の立場が危うくなることを警戒して、あんな方法をとったのだろう。 「そういえば、いつか会いに行くと言っていたが……まさかアイツがこの学校に来たのは」 俺に会う為だったのか? 「そんなレンフォート様をお慕いしているユウジ君は今、貴方のお兄様に殺されかけています」 「は?」 姿はないのに、カトレア・ローレンスの声だけが耳に入ってくる。 「早く起きてください。そして、ユウジ君を助けてください。レンフォート様」 空間が歪んでいく。 俺は、目を覚まさなければいけない。

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