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第26話

「……はぁ。良かった」 緊張感が一気に解放され、ドッと疲れが出てきた僕は、その場に仰向けで倒れた。 そんな僕を、ブラッドが呆れた顔で見下ろしてくる。 「俺に対してはSなくせに、他の奴には優しいんだな。貴様は」 「何言ってるんですか。貴方には一番優しくしてるつもりなのに」 「それこそ何言ってんだか」 ブラッドは僕の隣にしゃがみ込むと、軽いデコピンをしてきた。 「いてて。何をするのです……か」 目を細めて、顔をほころばせるブラッドの顔に目が離せない。これがまさに見惚れている……ということなんだろう。 僕は、彼が愛おしくて仕方ない。 昔よりに出会った時よりも、ずっと好きになっている。 本当はもう、聞かなくてもいいと思っていた。 このまま僕が彼を好きでいればそれでいいと思っていた……のに。そんな顔をされたら、僕はもっと望んでしまうじゃないか。 「ブラッド。貴方は僕の事……好きですか?」 彼の手を取り、答えるまで放さないと目で訴える。 そんな彼の顔は、嫌そうに眉をしかめたかと思いきや、今度は難しい顔して悩み始め、そして次第に頬を赤く染めていった。 「……全く。何故今、このタイミングなんだ」 「このタイミングだからです」 どうしても手を放そうとしない僕にとうとう折れてしまったのか、ブラッドは僕から目を逸らすと、捕まれていない手で顔を覆い隠し、震える唇をゆっくりと動かした。 「っ……貴様のせいで、好きだとか恋だとか、俺には絶対に縁のないものを知ってしまった。こんな気持ち、もはやどうしていいのか分からん。罰として責任取れこの家畜が」 隠しきれていない肌の色が、リンゴの様に真っ赤に染まっているのが見える。 それだけブラッドは、今の言葉を口にするのが恥ずかしくて、それだけ僕の事が好きなんだと伝わってきた。 あぁ……嬉しすぎて死んでしまいそうだ。 「僕が最後まで責任をとります。貴方のどうしていいのか分からないお気持ち。大事にします。だから、これからもずっと僕の側にいてください……ブラッド」 返事はなく。ただただ顔を隠したまま動かなくなってしまったブラッドだけど、なんとなく彼の背中が僕を受け入れてくれているように見えて、そのままそっと頭を置いた。 「イチャイチャしてるところ悪いけど、私を忘れないでくれるかな?お二人さん」 「あ」 「あ。じゃないよ。本気で忘れていたの?」 「もういいじゃないですか兄上様。俺、コイツ消されたら困るんですよ」 「知らないよそんなこと。ブラッドがどう想っていようと、彼が魔法使いであることに変わりはない。だから私は、彼を消すよ」 ブレイクはどうしても魔法使いである僕を許さないらしい。 口角を上げて微笑む彼の目には、殺意と怒りが入り混じっている。 「さて。どうするユウジ」 「どうしましょうか。このまま一緒に心中でもします?」 「断る」 「ですよね」 ブレスレッドのネタバレもしてしまった今、魔法を使っても勝てるかどうか分からないこの状況に、僕とブラッドは一歩一歩近づいてくるブレイクに冷や汗を流す。 「さ。もう遊びは終わりだよ。一瞬で終わらせてあげる」 ブレイクの身体から溢れ出す膨大な魔力。 そのあまりの巨大さと禍々しさに、僕達は互いの手を握りしめ。死を覚悟したーーーーが。ブレイクの背後から突然現れた男が、そのままブレイクの頭部目掛けて思いっきりチョップした。 「な~~にしてんだ。お前は」 その男は煙草を口に咥え、だるそうな目をして頭をポリポリと搔いている。 「り、理事長」 その男が理事長だと知った途端、僕は咄嗟に視線を逸らした。 僕が魔法使いだと一番知られたくなかった相手だった。 しかしこんな現場を見られたらもう言い逃れは出来ない。いや、もしくはもう既にバレてしまっているのかも……。 この学校を支えている理事長に僕の存在がバレてしまえば、流石にここには居られなくなってしまう。 一体どうしたら……。 「理事長がどうしてここに?魔法使いの処理なら、今からこの私が行いますが」 「あのなぁ……誰も処理してほしいだなんて頼んじゃいないんだが?」 「え?」 思わず僕の方が先に声を漏らしてしまった。 「し、しかし理事長。彼はあの危険な魔法使いです。即座に処理した方が」 「ブレイク。お前にはコイツが危険な魔法使いに見えるのか?たったさっきお前を助けてくれたコイツが」 どうやら理事長は、僕達の様子をずっと何処かで伺っていたらしい。 僕とブレイクが争っていたのも、僕がブラッドに告白していたのも、僕が魔法使いだということも全て知ったうえで、理事長は僕に手を差し伸べてきたのだ。 「サトウユウジ。君は危険な魔法使いではないと判断した。だからこれからも、この学校にいるといい」 「い、いいの……ですか?僕が……魔法使いである僕がここにいても」 「あぁ勿論。寧ろこちらからお願いしたい」 「それはどういう……」 「君とブラッドの二人で、魔術と魔法の間に立ち。未だ根付いてしまっている偏見を取り払ってやってくれ」 そう言うと理事長は軽く頭を下げて、僕達二人にお願いしてきた。 「僕と、ブラッドで……」 きっと理事長は、魔法使いと魔術師という壁を越えて心を通わせた僕達なら、昔から根付いてしまっている意味のない対立を無くせると思ってくれたのだろう。 それなら、僕の答えは決まっている。 「はい。喜んで」 「理事長!!本当にいいのですか!?私はこんな、って、どこに連れていくんですか!?理事長!!」 「はいはい。じゃあ俺達は退散するんで、後はお若い二人でゆっくりしてくださいな。あ、ブラッド。お前さんの寮の修理終わったけど、別に気にせず二人で住んでていいからね~~」 暴れるブレイクの襟元を掴んでズルズルと引きずりながら、理事長は僕達二人に手をひらひら振ると、そのまま背を向けて去ってしまった。 「まさか、理事長直々に許しを貰えるなんて思いもしなかったです」 「アイツも、危険な魔法使いだったらすぐに始末しただろうさ。けど……貴様は違った……ってことだな」 未だに目を合わせてくれないブラッド。 恥ずかしがってるのは分かるけど、そろそろ物足りないというか……顔が見たい。 「あの、いい加減僕の方を向いてくれませんか?ブラッド」 「……断る」 「貴方の顔が見たいのですが」 「っ……後でだ」 「……ほら『こっちを向いて』ください」 「なっ!?き、貴様……」 僕の『命令』で、嫌々ながらも拒否できないブラッドの顔は、やっと僕の方を向いてくれた。 恥ずかしさで真っ赤になった顔は勿論。気持ちの動揺で揺らぐ瞳。そして、不思議と触りたくなるキュッと結ばれた唇。全てが好きで好きでたまらない。 「好きです。これからも僕の側にいてください。ブラッド」 「っ!!……今度勝手な真似したら、すぐに別れるからな」 「はい!!」 咄嗟に抱きついたブラッドの身体は、とてもとても温かかった。

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