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謎の男

レジが駆け出した瞬間、その周囲より少しだけ明るく見えるその先が崖になっていることに瞬時にダグは気付いた。咄嗟に引き止めようとしたが既に駆け出していたレジの動きの方が早く、そして視界には地面が崩れ大きく傾くレジの体。 危ない!!とダグが頭で感じるのと真横を白い影、ルゥが飛び出していくのはほとんど同時だった。 猛スピードで駆け出したルゥはしっかりとレジの腕を掴んだ。しかしルゥ自身も前へと駆け出していた為勢いがついており止まることが出来ず、レジを反動をつけ振り回すような形で後ろへと投げたのだ。 その結果、レジは崖とは逆の地面へと引き戻されたが、代わりにルゥの体は崖へと真っ直ぐに投げ出されていった。 咄嗟に伸ばされたダグの手は何も掴むことが出来ず、虚しく宙を掴む。その事実に、全身は震えが止まらなかった。 側で地面に拳を叩きつけ取り乱すレジが今にも崖下へ飛び出してしまいそうなのを、どうにか抑えるが、ダグの頭の中はルゥのことでいっぱいだった。 「・・・っ、悪いダグ、もう大丈夫だ」 ダグの手の震えに気付いたレジはどうにか深呼吸をし、無理やり乱れた気持ちを落ち着かせる。 今どんなに取り乱した所で事態は変わらない。そして、この数日でもわかる程ダグとルゥの関係は深いものだった。そのダグが必死に気持ちを抑えているというのに、自分ばかりが感情のままに嘆いている場合ではないとレジは思った。 ダグにとって、ルゥは何よりも大切な存在であった。それは赤ん坊の頃から面倒を見ている家族のような存在だからということも含まれるが、それ以上に、自らの命に変えてもいいというくらいの。 (ルゥは、ルゥの為なら、俺は、俺達はっ、命だってかけれるというのにっ!!) 昔一度味わったことのある、何よりも耐え難い感覚。自らの身が引き裂かれるような痛みと喪失感を、また味わうのか、そうダグは思った。 ーーーいや、そんな感覚二度と味わうつもりは無い。 「レジ、下へ下りれるとこを探すぞ」 「っ!!おう!」 下の状況が確認出来ない今、嘆くよりも先にやることがある。 「ルゥは、ルゥなら絶対に無事だ」 自らとレジに言い聞かせるようにダグは力強くそう言葉にした。 レジは気づいていないだろうが、ルゥの身体能力は三人の中で一番高い。だからと言って崖から落ちて無事だとは言えないが、それがダグにとっては縋りつきたい程の一縷の望みだった。 ふわっと浮いたのは一瞬で、その後はルゥの体は重力のままに勢いよく下へと落ちていった。 落下していく途中、ほんの一瞬視界の端に捉えた物を咄嗟に掴んだ。それは崖の中腹に生えた木の枝だったのだが、重さと勢いに耐える事は出来なかった。 ブチィっという音と共に再び宙に投げ出される体。ルゥは、流石に終わった・・・と思った。 この谷の深さを、ルゥは昔住んでいた事があるのでよく知っていた。落ちて、ただですむような所ではない。 (でも、レジが落ちなくて良かった) 目の前で誰かが死ぬのは嫌だ。それが出会って数日のレジでも、全く知らない人間であっても。折角戦争がなくなったこの時代で、こんなことで死ぬのは馬鹿げている。そう、自分の事を棚に上げてルゥは思った。 (ああ、でも、俺が死ぬと、ダグも、みんなも悲しむ・・・) そう思うと同時に全身にやって来た強い衝撃に、ルゥは意識を手放した。 ルゥが意識を失った時、その場に一つの人影があった。 「おいおい・・・、なんだ、今日は雨だけじゃなく、こんなものまで降ってきやがったぞ」 嵐による大雨の被害がないか見に来たつもりが、目の前に人が降ってくるなんて誰が思うだろう。しかもその降ってきた白い髪を持つ者に、見覚えがあるなんて。 「なんでこいつが・・・、ダグは、あのお守りの熊野郎は何をしてんだっ」 そう吐き捨てるように言った男は素早くルゥの首筋に手を当て脈を確認する。すると、かなり弱々しいが、まだそれが止まってはいないことに気付いた。全身を強く打っているため無闇に動かすのは危険だが、このままここに放置することも出来ない。 男は慎重に、しかし素早く完全に力の抜けたルゥの体を軽々と抱き上げた。 「死ぬなよ、チビ助っ」

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