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獣人の王とは

「確かに周りよりは身体能力は高い方だと思っていたが、それでも人の域を超えるもんじゃないぞ」 「そりゃお前さんの中の獣は眠ったままだったからだろ。今はもう違う。まだ目覚めたてで欠伸してるくらいだろうがな」 そういうものなのだろうか。 「今まで寝てたもんが急に起きるか?」 「起きるさ。王がそばにいるんだ、寝てらんねぇよ」 王、それはつまりルゥのこと。ルゥの話をする時のダグはいつも優しい顔をしている。それをずっと家族に対する愛情のように思っていた。だが今のレジにはわかる。親愛、羨望、敬愛、様々な感情が混ざりあった不思議な感覚。ルゥの存在はそれ程に大きいのだ。 しかし、ルゥは獣人に王は必要が無いという。その王が自分自身だというのに。 それにしても、王はどうやって決まるのか。何故ルゥが獣人の王になったのか。先祖の獣人の王は70年前の大戦で亡くなったはずであった。そうなるとルゥがその先王の子供、ということはまず有り得ない。 「獣人の王はどうやって決まるんだ?」 「王は・・・突然生まれるんだ」 「突然?」 70年前の大戦で獣人の王は死んだ。そのことに獣人達は嘆き悲しみ苦しんだ。王がいるだけで獣人の心は安らぎ、力は増幅し、土地は豊かになり、天候にまで恵まれるという。逆に王を失えば獣人達の力は衰え、土地は痩せ、天災に見舞われるというのだ。 王は世襲制ではない。しかし、誰かに選ばれなるものでもない。 王は突然、生まれるのだ。 「王が居なくなると、新たな王となる魂が何処かに宿る」 すぐにその魂が宿ることもあれば、何年も期間が空くこともある。しかも、王の魂は獣人ではなくその先祖に当たる獣の中に宿るというのだ。 「獣の中に?」 「そうだ。だからルゥは虎から産まれた」 「虎から!?」 本日何度目かわからない衝撃的事実につい大声を上げたレジ。虎から産まれた?そんなことがあるのか。それは産んだ母虎の方もびっくりだろう。 「王は産まれた時はまだ獣の姿だ。だから母親が驚くことはないさ」 「獣の姿・・・」 もうそろそろ驚くことに疲れてきた。人の姿をしているルゥは、産まれた時は虎の姿をしていたというのか。そうか。それはもう獣人ではなく虎なのではないだろうか。 「産まれたての王を見つけるのは苦労する。何せ何処にいるのかわからないんだからな」 「それをどうやって見つけるんだ」 「先代の王が導いてくれるんだ」 そう言ってダグが見せたのはダグがいつも付けているネックレスだった。それには何かの獣の牙が結び付けられている。 水浴びの際も外すことはなく常に身につけていたそれは、何かお守りのような物なのだろうと思っていた。 しかしその正体は先代の獣人の王の牙だという。 「別に牙じゃなくてもいいんだ。先王はそれは見事な獅子だったからな。自慢の牙を次の王を探すための目印にと残してくれた」 その形見には先王の魂が宿るという。そして新たな王の魂がどこかへ宿ると、先王の魂が新たな王の元へ導いてくれる。言葉で表すことは難しいが、魂が共鳴し互いを引き寄せるような感覚がするらしい。 「俺は先王が亡くなった時にそばにいた中じゃ一番若かったからな、次の王を探すための大役を任されたんだ」 「・・・ちょっと待て。いや、俺はもう驚かないぞ」 先王が亡くなったのは何度も言うが70年前。その時そばにいた?一番若かった? 「・・・ダグ、お前何歳だ?」 「ん?今年でピチピチの80歳だ!」 「ジジイじゃねぇか!!」 間髪入れずにつっこみを入れたレジ。ダグはひでぇな・・・とボヤいているが、28歳と大幅に鯖を読んでいた口で何を言っても説得力はない。 「80つっても信じなかっただろ」 「当たり前だ」 「なら怒るなよ」 怒ってはいない。ただ、昨日までに聞いたことは全て当てにならないと思った。 この短時間でレジの中にあった様々な常識は塗り替えられた。戸惑いはしたが、同時に頭の片隅で燻っていた何かがすっきりしたようにも思う。それも全て、ルゥに出会い眠っていた本能が目覚めたからなのだろう。 しかし、レジとは逆にルゥはレジが目覚めたことで何か思い詰めていたように思えた。 「ルゥは、王が嫌なのか?」 「んー・・・、それが複雑なんだよなぁ。ルゥは小さい頃、人間の街で暮らしていたんだがーーー・・・」 先王が亡くなってからルゥが生まれるまでかなりの年月がかかった。その間、王がいなかった獣人達は力が弱まり、里も荒れ、それでいて心の拠り所も無かった。荒れた里で暮らしていくことは次第に難しくなり、獣人達は里を離れた。 そんな中で漸く誕生した新しい王。しかし王を迎えるための獣人の里は、無くなっていた。 その為ルゥを探し出したダグはルゥが大きくなり、新たな里を作れるようになるまでの間を人間達の街で生活していたのだ。

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