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満月の夜

ランドール王国はとても広い国である。その全土を回ろうとすると人間の足では何ヶ月もかかる程に。現在いるのがランドール王国とクレバトス王国の国境辺りであるため、中央付近にある王都ランドニアに行くには平均で一ヶ月半かかる。 「二週間だな」 地図を見てダグが弾き出した旅の日程は二週間。それにルゥとノエルは頷いた。しかし、 「二週間で辿り着けるのか?馬があれば話は別だが・・・」 「大丈夫さ!少し急ぎ足にはなるが、なんたって俺達は獣人だぞ」 「俺は龍人だ」 レジにはどうにも二週間という期間は短過ぎるように感じたが、他の三人には異論はないようだ。それに、急ぎたい理由もあるらしい。 「俺は寒いと動けない」 あと一ヶ月もすれば本格的に冬がやってくる。比較的南に位置するランドール王国とはいえ、本格的な冬がくれば雪がチラつく日もある。そうなると寒さが苦手なルゥは役に立たないのだという。 秋の初めから毛布にくるまっていた姿を思い出し、レジは成程と思った。 レジは比較的寒さは得意、というか獣人に目覚めてから体の内側から溢れる熱のようなものを感じている。その為あまり寒さを感じてはいなかった。 「・・・ダグは熊なのに冬眠しないのか」 「おいこら。ちっと熊が混ざってるってだけで俺は熊じゃないぞ」 レジの発言にルゥとノエルは吹き出した。確かにダグは冬眠してもおかしくないような見た目ではあるが、獣人に冬眠はない。 その事実を知らなかったからこその素朴な疑問かもしれないが、熊ぽい見た目を少し気にしているダグからすると心外である。 ランドニアに辿り着くことを目的に旅へ出発した四人は、最短でのルートで進んでいた。通常なら通ることを諦め迂回するような岩場や川さえも、通常ならざる身体能力でひたすらにまっすぐ進む。そのため、旅を始めて一週間経つ頃には既に谷とランドニアの中間地点を超える所まで辿り着いていた。 「はっくしょんっっ・・・あ゛ぁ〜」 「ルゥ、あまり火に近づくと危ないぞ」 季節は順調に冬へと変わってきている。昼間の太陽が上っている状態ですら、寒さを感じるというのに朝晩の冷え込みはそれ以上だ。 綿の詰まったコートを着込み毛布でくるまった状態で、焚き火の近くで震えているルゥ。寒いのはわかるがそのもこもこした姿で火に近づきすぎるのは引火する危険がある。レジは動きたがらないルゥを無理やり火から少し離し、自らがくるまっていた毛布の中に引き込んだ。 「そろそろルーファスに野宿は厳しいな」 「明日辺りは流石に街で宿をとるか」 食事の準備をしていたノエルとダグは焚き火のそばで団子のようになっている二人を眺めながら考える。最短ルートを優先していた為、この一週間まともに宿をとることをしていなかった。しかし今年の冬は思っていたよりも寒くなるのが早い。ルゥが使い物にならなくなってしまっては旅のペースにも響くため、少しルートを外れてでも街に立ち寄る必要がありそうだ。 「それにそろそろあれの時期だからな」 「そんな時期か」 ダグの言うあれの時期とはつまり、発情期であった。獣人には年に何度か発情期がやってくる。獣の本能が強く出る満月の頃にそのタイミングはやってくるのだが、それがまさに明日なのだ。 発情期の獣人は、本能により子孫残そうとする行動をとる。つまりはセックス。しかしそれは意志によってある程度コントロールすることが可能であった。 ダグに至っては数年前までルゥの子育てに忙しかったこともあり、発情期を感じることすらなかった。ルゥが成長してきたことにより、この数年でやっとその感覚が戻ってきたのだ。 「ふむ、折角だ。俺も久々に女達を虜にしてやるか」 「お!ノエルもまだまだ現役か!」 「馬鹿にするな。あと100年は現役だ」 少し離れた所でそんな会話がされている事を、耳のいいルゥにはバッチリと聞こえていた。しかし、まだ一度目の発情期を迎えていないルゥにとっては興味のない話。それよりも明日は暖かい場所で寝られそうだということの方が重大であった。 寒いとなかなか寝付けないし、朝も動けるようになるまで時間がかかる。そういう時は今まではダグに暖めてもらっていたが、どうやらレジの方が元々の体温が高いらしい。最近ではもっぱらレジはルゥの湯たんぽと化していた。 (でも、明日はレジもダグ達と娼館に行くか) ダグに発情期が戻ってからはダグがそういった場所へ出向く際、ルゥはいつも宿で留守番をしていた。一緒に行くかと誘われたこともあるが、その分睡眠に時間をとる方が良かった。明日もそういった場所へ出向くのであればルゥは留守番するつもりである。 しかし聞いたわけではないが24歳であればレジには確実に発情期がきているはずだ。ハーフなので完全な獣人とは多少違うかもしれないが、近い感覚は持ち合わせているだろう。 ルゥはなんとなく後ろから自分を抱えるレジの顔を横目で見上げる。 「・・・変な感じ」 「どうしたルゥ?」 「なんでもない」 ここ最近毎日のように自分のことを腕の中に抱えて眠っているレジが、明日は誰か知らない女を腕に抱くのかと思うと、何だか不思議な感じがした。ダグに対してそんなことを感じたことはないのに、何故か胸に芽生えた味わったことのないその感覚にルゥは首を傾げた。

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