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ただの、ルーファス

一頻り植物園内を探索し終わったルゥは興奮気味にベンチに座っていたレジの元へと戻ってきた。 「すごい。見たことない植物がいっぱいあった」 心無しかいつもよりキラキラと輝いている赤い瞳から、ルゥのテンションが上がっているのが伝わる。植物園内は防寒がしっかりしているため動き回っていたルゥの頬がほんのり赤く染まっている。 「楽しんでくれたみたいで良かった」 「ん、楽しい」 植物はその地域や気候によって違う。同じ種類でも色が違ったり、香りも様々である。ルゥは通常よりも鼻が良いからこそ、その植物によって違う香りを楽しむのが好きだった。 ガラス張りの天井を見上げれば空には無数の星が輝いている。 「ナラマはとても優しい人間だな」 「そうだろう。ランドール国民の自慢の王だからな」 今日出会ったばかりではあるが、ナラマの人間性にはとても惹かれるものがある。それがあるからこそ昼間に見たランドニアの人々の笑顔がどれも明るく活気に満ちていたのだろう。 「俺も獣人達の、自慢の王になれるだろうか」 ルゥはあまり王という存在に良いイメージを持っていなかった。しかし今日出会ったナラマという王は、確かに“良い王”だと思えた。 ならば、自分が王である事実が変わらないのであれば、ナラマの様に自慢だと言われるような王になりたい。そう、ルゥは思った。 「もう十分ルゥは獣人達の自慢の王様だろ」 「そんなことは無い」 「いや、間違いないね」 不安そうな顔のルゥにレジは優しく笑いかける。 まだ18歳だというのに、ルゥは色々なことを背負い過ぎている。誰よりも獣人達の幸せを望み、獣人達の自由を望むルゥ。まだ子供と言っても可笑しくないのに、人生の大半をその為に使っている。 無関心そうに見えて誰よりも他人を大事にしているのだ。 昼間にランドニアの街で会った獣人達もルゥのことを心の底から好いていた。それをルゥは獣人の血によるものだと思っているが、それだけでは無いとレジは思っている。 「ルゥは優しい。人の幸せを考えられる。人の自由を望める。人の気持ちを知ろうと出来る。ルゥがもし獣人の王じゃ無かったとしても、俺がもし獣人じゃ無かったとしても、それはルゥの魅力で俺は、お前に惹かれる」 「獣人の王じゃなくても・・・」 レジの言葉をルゥは頭の中で繰り返す。 自分は獣人の王である。王でなくては、自分には価値がない。王ではないただのルーファスである自分は誰にも求められてはいない。そう思ってきた。 しかし、そう思うと同時に心の何処かでは、ずっと王ではないただのルーファスである自分が声を上げていた。 見ているようで誰も見ていない。自分には何の力もないというのに。みんなの期待はどんどん自分へと降り掛かる。 ダグはルゥの事を“王として生まれてくれただけで獣人達の誇り”だと言う。獣人達は“我らが獣人の王”といいルゥを崇める。 ではもし、ルゥが王でなくなる時が来たとしたらどうなるのか。 「・・・俺は間違いなく獣人達の王だけど、同時にルーファス・バートレットなんだ」 「そうだな。俺が出会ったのは確かにルーファス・バートレットだ。自然が好きで食べるのが好きで自由気ままで、誰よりも優しい」 ついでに王様なんて大それたもんをやってるらしい、と白くて柔らかな髪をくしゃくしゃと笑いながら撫でる。そう、レジにとってはルゥが王であることは最早ついででしかないのだ。 その事実がルゥにはとてつもなく嬉しかった。 「レジは俺を喜ばせるのが上手い」 レジにとっては何気なく出た言葉だったかもしれないが、それはルゥがずっと誰かに言って欲しかったものであった。 胸の中に湧き上がるぽかぽかとした温かい気持ち。ルーファスという存在を真っ直ぐに見てくれるレジの瞳はいつも優しく心地よい。 ダグ達が悪い訳では無い。ただ少し、王への想いの強さがプレッシャーになっているだけ。いつかはその想いに応えれる存在になりたいと思っている。しかし、今はレジの言葉に甘えたい。 ルゥはそっと隣に座るレジにもたれ掛かり肩に頭を乗せる。 「みんなは王の傍にいると安心するらしいけど、俺はレジの傍が安心する」 「・・・あまり可愛いことを言われると勘違いしちまいそうになるな」 「?」 普段からスキンシップを嫌がらないルゥだが、自分から引っ付いてくるのは珍しい。それに加え自分の傍が安心するなどと言われてしまえば、ルゥの事が好きなレジにとって意識しない方が無理というものだ。

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