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心配だ
「レジ、能力のコントロールは上達したか」
「おうよ!」
実はここ数日で大きく能力の開花を見せたレジ。力のコントロールは勿論、秘められていた獣人の力である狼の力も引き出すことに成功していた。
「まだこの耳と尻尾には慣れないがな」
その頭には灰色の大きな立ち上がった耳と、同じく灰色の毛足の長い大きな尻尾が生えている。獣人が獣の力を発揮する時の姿である。
「こんな急激に力が成長するとはな」
「おかしくも無いだろ。ルーファスの近くにいるんだ、それが王の力だ」
ノエルが言う通り、その力の急成長はルゥの力が影響していた。元々王とは獣人達の力の源でもある。傍にいれば力は増す。そしてルゥがやっと発情期をむかえたことでその影響力はより増していた。
「ま、ただ傍にいるだけならここまで急成長しないだろうがな」
「あんだけ毎日イチャついてたらそりゃルゥの力も強く影響するだろうな」
「・・・やめてくれ二人共」
ニヤニヤとした顔のノエルとダグに指摘されレジは居心地が悪そうに顔を逸らす。しかしその頬が若干赤くなっているのは二人からはバレバレであった。
ルゥとレジの関係は一瞬で周囲に知れ渡った。元々隠すつもりも無かったのだが、何故そこまですぐに周囲にバレたのか。それは意外にもルゥの行動が原因であった。
「レジ」
少し離れた所にいたルゥがレジに近づくと同時に首筋に顔を擦り付ける。数回すりすりと頭を動かし、満足したのかまた離れていった。パッと見甘えるようなその仕草は、マーキングのようにも見える。正に獣の本能からくる求愛行動なのだ。
二人の関係が変わった翌日からルゥは気まぐれにレジに近づいては今のような行動をとるようになった。そしてそれをされた後のレジの顔がこれ以上ない程に嬉しそうににやける。
そんな二人のやり取りを見て、勘づかない方が難しいというものだ。
「明日は候補地の視察に行くんだろ?」
「あぁ、殿下の公務がやっと目処が着いたらしいからな」
数日前にナラマから里の候補地をあげられ、初めはすぐに視察に行こうとしていたルゥだが、一緒に行きたいというナラマの希望を聞いて視察を延期していた。今まで何年もかけて里の候補地を探していたのだ、数日延期するくらい特に問題では無いのだ。
「王様が一緒ってなると馬か?そりゃ時間がかかるだろう」
「いや、それが・・・」
ルゥ達だけなら森の中を駆け抜ければ近道でありスピードも上げられるが、ナラマが一緒となるとそうはいかないだろう。しかし移動に時間がかかると忙しいナラマにはそれ程の暇は無いはずだ。その疑問に対してレジが答える前にルゥが答えた。
「俺が乗せて走る」
「乗せてぇ?」
「獣化すれば人の一人や二人乗せれる」
そう、ルゥは虎の姿になってナラマを運ぶつもりなのだ。その返答を聞きダグは驚いた表情をし、レジは心配そうな顔をする。
完全なる獣の姿になれるのは獣人の中でも王だけである。それは獣人達にとっては周知の事実であるが、王がその背中に誰かを乗せるという事はなかなかない。まず、王の背に乗ろうと言う者がいないからだ。
その為ダグは驚いたが、相手がナラマとなれば納得もした。ナラマはルゥと同じ王という対等の立場であり、尚且つルゥは元々そういったことは気にしない性格である。
「本当に背中に乗せて走ったりして大丈夫なのか?殿下は言ってはなんだが普通の人間だぞ」
「大丈夫だ。落とさないように気をつける」
「落とさないようにって・・・」
レジは心配なのだ。ナラマを慣れないというか、初めてであろう虎に乗せて走るということに。しかもナラマは当たり前であるが普通の人間である。獣人の、しかもルゥのスピードで走って万が一落下する様なことがあれば、確実に怪我をするだろう。それは国の一大事でもある。
しかしルゥは特にそんなことは心配していない様子。勿論ルゥがそういうのであればその事を信用している。だが、それ以上に実は抜けているナラマの事を知っているので心配が拭いきれないのだ。
「別にルゥを信用してないわけじゃないんだ。でも、殿下はルゥが思っている以上に抜けてておっちょこちょいな所があるから・・・」
「おや?酷いなレジナルド、悪口かい?」
「!!」
急に聞こえた声にレジは勢いよく振り返る。そこにはいつも通りにこにこ笑顔を携えたナラマが立っていた。ルゥからは笑顔で近づいてくるその姿が丸見えだったのだが、どうやらレジは気づいていなかったらしい。聞いているものを自然と癒す優しい声の持ち主であるナラマを相手に冷や汗をかいている。
「大丈夫!私は意外と乗馬が得意なんだ!」
「馬より乗り心地良いと思う」
「それは楽しみだ!」
上機嫌のナラマを説得するのは難しいだろう。
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