｢じゃあそろそろ出発するか！｣ ダグの声掛けにみんなが頷く。結局昨日ナラマを説得出来なかったレジは、妥協案としてランスを同行させることになった。ナラマと共にルゥへと乗り、ナラマが落下しないように見守って貰うことにしたのだ。 ルゥへの負担は増えるが、それは本人が問題ないという。一応王国騎士団長であるランスはナラマの護衛も兼ねているのだが、獣人であるルゥ達がいる時点で万が一敵に襲われる様なことがあっても問題はないだろう。 ｢何度見てもダグのその姿は笑えるな｣ ｢ほっといてくれ！｣ ノエルがにやにやしながらそう指摘するとダグは拗ねたように顔を背ける。ダグとレジは今、視察での移動を最短で済ませる為に獣人の力を解放しており、その頭と後ろには獣の耳と尻尾が生えていた。ダグの焦げ茶色の髪と同じ色の丸みを帯びた耳と、短く丸い尻尾がどうにもそのがたいに対して可愛らしい。 ｢本当に耳と尻尾があるんだな･･･｣ ｢見事なものだね｣ 珍しいその姿にナラマとランスは興味深げにそれらを眺める。普段から獣人達がその姿をしていれば一目で人間との区別がつくだろう。 そして、荷物をレジとダグに預けて手ぶらのルゥが軽く伸びをして全身を解す。 ｢よし｣ 目を閉じ意識を集中し始めたルゥを周りにいるもの達は静かに見守る。すると次第に周りの空気がざわざわと震えゆっくりと白い耳と長い尻尾が現れた。 そこまではダグやレジの獣化と同じであったが、まだ終わりではない。そのまま空気の震えは大きくなり、少しずつルゥの輪郭がボヤけていく。体が大きく膨れ上がっていき、前屈みの姿勢になる。 ｢すごい･･･｣ ナラマやランスは勿論、始めてルゥの完全に獣化した姿を見たレジの口から思わず感嘆の声が漏れた。 全身を雪のような真っ白な毛に覆われたその身体は実に3m近い大きさがある。通常イメージする様な虎特有の黒い縞模様は無く、開かれた瞳は燃えるように赤い。 美しく神々しいその姿に見惚れていると、ルゥはいつもとは違う湿った鼻先をレジの首筋に擦り付けた。 ｢どう？｣ ｢！普通に話せるんだな｣ 普段より若干低く感じる声で頭を押し付けてくるルゥの、ふわふわの首筋を撫でてやる。 ｢凄く綺麗だ、驚いた｣ レジのその言葉を聞いて満足そうにゴロゴロと喉を鳴らす姿は大きなネコのようでもある。元々大好きフィルターのかかっているレジにとってはどんな姿でもルゥは可愛くて綺麗で仕方ないのだが、何も知らない者から見るとその戯れる姿は虎に襲われているようにしか見えない。 ｢すごい！すごいよルゥ君！｣ ｢･･･本当にすごい、本当に虎になれるとは｣ 興奮した様子のナラマが頬を赤らめてルゥの姿を褒め讃える。書物でしか獣人を知らなかったナラマだが、色々な書物を読み漁っているうちに実はレジ以上に獣人に憧れているうちの一人なのだ。 そしてその興奮したナラマの横で驚きに目を丸めるランス。乗馬の腕にはそれなりに自信はあるが、これは全く別物だなとルゥの姿をまじまじと眺める。 目立たないように早朝に出発時間を設けたルゥ達は早速、里の候補地へと向かうことにした。 ｢何かあったら連絡くれ｣ ｢ノエルさんは研究頑張ってくださいね｣ ノエルは城に来てから王宮薬剤師達と共に新たな新薬の研究をしている為、今回は留守番である。他にもその長く生きた知識を元にナラマの仕事の助言などもしているようで、毎日忙しそうだがとても楽しそうであった。 地図を持ったナラマがルゥの背中に乗り、その後ろにランスも続く。 ｢しっかり根元の方を掴んでくれよ。中途半端に掴まれた方が痛い｣ ｢承知したよ｣ 特に鞍などがある訳では無いため支えとなるのはルゥの体自身。その太い首にしっかりと掴まっているのを確認した所で、ルゥは姿勢を少し低くし、そして力強く地面を蹴った。 その一蹴りでまるで宙を掛けているかのようにふわっと身体が浮き、そしてそのまま猛スピードで駆けていく。顔にかかる風の勢いと次々と視界の横を流れていく風景に背中に乗った二人は目を奪われた。 これは馬で着いていくのは無理だ、と。 そして何よりも驚いたのはそんなスピードで走っているにも関わらず、その身体の揺れは少なくとても滑らかであること。成程確かに馬よりも乗り心地が良い。 ルゥの後ろには半獣化したレジとダグが、これまた凄いスピードで追い掛けている。人型でも驚く身体能力であるが、やはり半獣化した今の方が更に人間離れした身体能力を発揮していた。 そのまま休憩を挟む事無く、通常なら歩いて二日、馬でも四時間はかかる距離である目的地にルゥ達は一時間程で到着してしまった。