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切り開かれる新たな未来
「俺だけの力では仲間に住む場所を見つけることも出来なかった。だけど、新しい仲間に出会い、ナラマにも出会うことが出来、今俺達は新しい生活を手に入れようとしている」
新しい獣人達の住まいがランドールの国内に位置すること。今までとは違い、獣人は人間との共存を望んでいること。ルゥは決して上手くない喋りで、しかし想いを隠すことなく国民に話し続けた。
「俺達の存在を良く思わない者もいると思う。でも、少しづつでいい、俺達獣人を知って貰えないだろうか」
ルゥが口を閉じた後もしばらくは誰も口を開くことがなく、沈黙が辺りを包んだ。突然のことで皆、なんと答えて良いのかがわからないのだ。
その沈黙を破ったのは、一人の小さな少年であった。
「獣人って、普段は耳はないの?僕さっき広場でお兄ちゃん達に耳が生えてるのを見たよ!」
その少年は先程の出来事の時に広場に居たらしく、今は無いルゥ達の耳や尻尾のことが気になったらしい。その純粋な眼差しにルゥは少し表情を和らげ少年を見つめ返す。
「普段は獣人も耳や尻尾は出さずに生活しているんだ。さっきは、咄嗟に力を解放したからな・・・驚かせたか?」
「ううん!お兄ちゃんが来てくれて助かったよ!」
少年は旅芸団を最前列で見ていたらしい。熊が暴れ始めた時も恐怖で動けなかった。ルゥ達があの場に現れなかったら巻き込まれていたかもしれない。
「だからありがとう!」
「そうか、怪我がなくて良かった」
少年とルゥの会話を聞いて周囲の空気が少し弛んだのを感じた。ぽつりぽつりと口を開く者が現れる。
「もしかして、うちの職場に体験しにきていたのも獣人なのかい?」
「うちの仕事場にも来ていたよ!」
「うちもだ!」
獣人側にレジが居ることに気づいたもの達が、ここ最近職場体験という体でレジに連れられて来た獣人達の存在に気づいたようであった。
その事に対してもルゥ達は素直に答える。ナラマと住む土地の代わりに獣人達からは労力を提供する約束をしたこと、その事前準備として職場体験を行ったこと。
「正体を隠していてすまない・・・」
獣人のことを公表した後には正体を明かす予定ではあったといえ、身分を偽っていたことに変わりないためその事を謝る。すると、
「道理でやたらと力が強いわけだ!」
「うちの仕事向いてるぞ!」
「これからはうちで働いてくれるってことか?」
これまでの働きを思い返しながらなのか、感心するように声を上げる者や、改めて勧誘してくる者。その声はどれも獣人達に対しての負の感情は含まれていない。
それは元々獣人にとって悪い印象を持っていなかったというのもあるだろうが、実際に数日間とはいえ共に仕事をしたことで直接獣人達の存在に触れたことが大きかった。
彼らの言葉を聞いた他の者達からも次々に獣人達を受け入れる声が上がる。いつの間にか広間には明るい声が響き渡っていた。
「みんな、君達を受け入れてくれたようだね」
「・・・ああ、こんなに上手くいくとは」
静かに周囲を見渡していたルゥにナラマが声を掛ける。その後ろにはレジやダグ、いつの間にかノエルやランス達も集まっていた。
「ナラマはこうなると予想していただろう」
「ノエルさん」
ノエルが言うようにナラマには国民達が獣人を受け入れるだろうことは予想出来ていた。それは元々獣人への国民の意識が悪いものでは無いことを知っていたからということもあるが、職場体験を通しての国民達の反応も調査済みであったからである。そして何よりも、ルゥの真っ直ぐな想いを近くで見ていたから。
「人というのはね、嘘の無い真っ直ぐな言葉が何かは本能で感じることが出来るんだよ。そしてルゥ君、君は真っ直ぐな言葉を国民に届けた。それが国民達にも伝わったんだ」
ルゥの言葉は人を動かす。それが獣人相手でなかったとしても。本人は気づいていないのかもしれないが、それは紛れもないルゥ自身の力の一つと言っていいだろう。
「よかったな」
「ご苦労さん」
「ん」
レジとダグもみんなの前で一生懸命に話したルゥを労るようにその頭を撫でる。予想外の流れであったが、今日の結果はルゥ達が望んだ最高の結果と言えるだろう。
獣人と人間の共存の為の環境は整った。あとは里の完成を待つばかりである。
「ナラマ」
「ん?なんだいルゥ君」
「ありがとう」
あらためてナラマには感謝してもしきれない。これからゆっくり、何らかの形で恩を返していきたい。そうルゥは思った。
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