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人気があるのも程々に
舞踏会というからには当たり前だがダンスタイムが設けられている。貴族にとって社交ダンスは嗜みともいえる。
「ちなみにルゥ君とノエルさんはダンスの経験は?」
「・・・やったこともないな」
「俺は昔に教わったことがあるぞ。100年くらい前だがな」
予想はしていたがルゥは今まで社交ダンスをするような場に行ったことがない為、ダンス自体も未経験である。ダグや他の獣人達が酔った際に踊るようなものとは別物だろうなということはわかるが、社交ダンスのような上品なものは想像するのも難しい程だった。
そしてノエル、経験はあるようだがブランクが100年。そこまで大きくダンスの内容が変わったということはないが、流石に期間が開きすぎている。
二人と舞踏会に参加予定の数人の獣人達には、これからの一ヶ月で恥をかかない程度にダンスのレッスンが行われることになった。踊らないという手もあるが、もしもの時に困らないようにというナラマの配慮である。
「レジは踊れるんだな」
「まあな、一応これでも小さい頃から王城で育った身だからな」
途中から軍へ入ったとはいえ赤ん坊の頃から王城で過ごしてきたレジはダンスも幼い頃にレッスンを受けた経験があった。おかげで騎士団長として舞踏会に参加していた頃も自ら進んでという訳ではないが、ダンスの誘いに恥をかくことはなかった。
ナラマ達との話を終えたルゥとレジはランドニアの街の中を歩いていた。
「ルゥ!レジ!」
「おう、仕事サボってないかー?」
「当たり前だろ!今日は3つ離れた街まで荷物を運んだぜ!」
「あらルゥ、レジとデート?たまには私ともどう?」
「また今度」
至る所で二人の姿を見つけたもの達から声をかけられる。そのほとんどは頭に耳の生えた獣人達だが、顔見知りとなったランドニアの人々からも気軽に声をかけられる。
初めは互いの距離を探り探りだったが、早々に自分達のペースを取り戻した獣人達の自由な振る舞いに、ランドニアの人々も釣られるように打ち解けた。
「・・・ルゥ、お前ファーネスと今度本当にデートするつもりなのか」
「レジも来るか」
「そりゃもうデートじゃないだろ」
先程いつものように声をかけるのとセットでルゥを口説いていたファーネスの姿を思い出す。それが冗談でありレジのことをからかっているだけだと言うこともお互いわかっているが、それでもレジは気が気じゃない。なぜならファーネスはレジから見てもとても魅力的だと思う女性であるからだ。
ルゥがどんな相手がタイプなのかははっきりとは知らないが、ファーネスは美しい見た目は勿論面倒見が良く話し上手で性格も良い。現に獣人達にもそして人間の中にも彼女に惚れているものが何人もいる。
「ファーネスにヤキモチか」
「・・・たまに女々しい自分が嫌になるぜ」
「レジは十分男らしいさ」
レジの心情を読み取ったルゥの言葉にレジは何だか自分が情けなくなる。ルゥを信用していないわけでは決してないが、心配になるくらいにルゥは人気があり過ぎる。
というのも、獣人達は勿論のこと最近ルゥの親衛隊なるものが出来たのだ。
「ルゥくん!これ良かったら食べて!朝から頑張ってつくったの」
「今日も美しい・・・」
「今度うちのお店に遊びに来て!ルゥくんに似合いそうなアクセサリーがたくさんあるの!プレゼントするわ!」
きゃっきゃと騒ぐ頬を赤く染めた娘達には隣にいるレジのことは見えていないのだろう。そしてルゥもしょっちゅう声を掛けてくる彼女達の事を顔見知り以上に認識している。元々他人を無下に扱う性格では無い上に見知った顔に自然とルゥの表情も柔らかくなる。それを近くで見たもの達が更にルゥに熱をあげるという無限ループが出来上がっているのだ。
「じゃあまた」
なかなかお喋りの止まらない娘達にようやくルゥが解放された頃には、レジの尻尾と耳は完全に下を向いていた。
「・・・この人たらし」
「?」
別にルゥが悪いわけではないが、つい文句も言いたくなる。せめてルゥの顔が少しでも不細工であれば今よりはレジの不安は減るだろうが、どの角度から見ても文句の付けようがないのが恐ろしい。
「ルゥに欠点はないのか・・・」
「なんだ急に。欠点?猫舌なこととか?」
「そりゃお前・・・可愛いだけだろ・・・」
熱々のスープをふーふーする姿は思わず頬が緩む光景であり決して欠点なんかではない。
レジが頭を抱えている理由がわかっていないルゥの興味は広場の噴水で水浴びをしている小鳥に向いていた。
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