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俺は王様だから

右、左、右、と交互に足を踏み出しながら少しずつ移動する。左手は軽く相手の手を握り、右手は腰に添える。 「そこで足を軸に回転、姿勢を崩さないで」 パンッパンッパンッと一定のリズムで叩かれる手拍子に合わせて動く。履きなれない上品なブーツと体にフィットするジャケットが窮屈で自然と全身に力が入ってしまう。 こんなつま先の硬いブーツで足を踏んだりしまら、たまらないだろう。相手の足を踏まないように意識を集中させて一歩一歩確実に足を出す。それだけではなく、周りにいる他のもの達とぶつからないようにもしなくてはならない。 「一度休憩にしましょう」 そう言うと一定のリズムで叩かれていた手拍子が止まる。ルゥは無意識のうちに力が入っていた肩の力をふっと抜いて椅子に座り込む。 「っかぁ〜っ!そんな長くやってたわけじゃないのにお上品なダンスは疲れるな!」 「ほんとほんと~っ変に力が入っちまって背中が疲れるぜ~~~」 「俺も~」 「あら、情けないわね。私は平気よ」 同じくだらんとした姿勢で椅子に座り込むダグとイルダとカナタ。そしてへとへとになっている男達を見て笑うファーネス。 今回の舞踏会には獣人達の代表としてルゥの他にこの四人とレジが参加することになった。本当は舞踏会のような場が得意そうなマルコとカイオスにも参加してもらう予定であったが、70年前の大戦の兵士であった二人の参加をルゥは見送った。 今は同盟国という状態で不戦の条約が交わされ、比較的友好な関係を築いているランドールと他国。しかし戦勝国と戦敗国という事実が無かったことにはならない。ランドールにとっては国を救った英雄である獣人も、他国からしたらその存在は悪魔のように思えただろう。 それは里を失い様々な土地で暮らしていた獣人達には実際に肌で感じていたことだ。戦争を実際に経験していない世代も、親や大人達から語り聞いた話で当時を想像する。そしてどの国でも同じく終戦は恐ろしく強い獣人の存在で幕を閉じる。 ‘’ 悪さをする子は獣人に食われるぞ ‘’ これは他国でよく耳にする子供を叱る時の言葉である。実際に獣人が人を食べる、なんて事実は今も昔も存在しない。が、獣人を詳しく知るものがいないが為にいつの間にかそう言われるようになったのだ。 獣人達がその力を人前で発揮したのは戦いの最中だけだ。その為実際に仲間として戦っていたランドール以外の国では獣人の存在を直に見た者はほとんど生きてはいない。 初めはその戦いに参加した当事者だからこそ、カイオスとマルコは今回の舞踏会に参加を希望した。ナラマは大丈夫だと言うが、もし他国が獣人に攻撃的態度を取るのであれば、それは戦いを知らないルゥ達ではなく自分達がその的となるべきだと考えたからだ。 しかしそれをルゥは良しとしなかった。結果としてはあの大戦で獣人サイドも多くの犠牲が出た。それは先王が戦いの傷で寿命を終えた事がきっかけではあるが、ルゥはそれを他国の責任だとは考えていない。自ら先王が選んだ決断での結果なのだ。その結果に獣人達が先王を責めることもなかった。ならばそれを他国の者が責めるのも違うと思えた。 「俺は当時を直接は知らない。そして他国の王達も既に当時を知る世代では無くなっている。もし当時を知らないのに戦争の事で獣人を悪く言うことがあるなら、同じく当時を知らない俺が受けて立つ」 何も他国との交流の場は今回だけではない。きっとこれから何度となくその機会は訪れるのだろう。ならば、まずは獣人に対しての他国の接し方を見極めてからでもいいのでは無いか、そうルゥは考えたのだ。 王であるルゥの決断である為、カイオスとマルコは大人しくその指示に従うことにした。歴史を知ることは必要なことであるし、何があったから今の世の中があるのかは知っておくべきだと思う。しかし当事者では無い者が知識や憶測だけで相手を攻撃するのは違うのではないかとルゥは思うのだ。 「ナラマが言うようにそんな事態は心配する必要がないのかもしれない。その時はその時で適当にやる」 ルゥはまだ子供であるかもしれないが、獣人達を守る王であることに変わりはない。普段はのらりくらりと自由に振舞っているが、いざと言う時には皆を守れる存在で在りたいとも思っている。 ただの子供でいたかった少し前のルゥは、里が完成し獣人達と過ごす時間が増えたことと、ナラマという大国の王を身近で見ていることで自然と王という立場を理解し始めていた。 国は王の為のものでは無い。そこに住むもの達が居てこその国であり王であること。王はただ崇められるだけの象徴ではなく、先頭に立って人々を守る力がある者だということを。

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