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知識

「珍しい客がこれまた珍しい連れを連れて来たもんだ」 本の中から現れたかのように書架からひょいと顔を出したのはこの店の店主であろうか。白髪混じりの癖のある髪の毛を緩く後ろに流し、ひょろりと縦長い雰囲気を持つ男だ。 度々足を運んでいるような口調だったエリックのことは勿論、どうやらルゥの事も知っているようだ。 「オーブリー、何か珍しい本は入っていないか?」 「そうだなぁ、前にリッキー、君が来てから大分経つから色々新しい本は入っているよ」 オーブリーとはこの店主らしき男の名前だろう。そしてオーブリーが呼んだリッキーとはどうやらエリックのことのようだ。不思議そうにしているルゥに気づいたエリックが「お忍び中の名だ」と、耳打ちしたことに納得した。 余りに慣れた様子で街を歩くエリックだが、よくよく考えれば一国の王がそのように街を気軽に歩いているのは普通ではない。同じ王とはいえルゥとは違うのだ。 「それにしてもリッキー、いつもふらっと現れるだけでも不思議な人物だと思っていたのに、まさか話題の獣人のしかも王様を連れてくるなんてね」 「俺は本にしか興味の無いあんたがルゥを知っていたことに驚きだけどな」 「私の耳に入る程の存在ってことだね獣人は」 二人の会話に耳を向けつつルゥは店内にずらりと並んだ本を眺める。どれもそれなりに古いものばかりで、ジャンルも幅広く、どうやらランドールだけではなく他の国々の様々な本が揃っているようだ。 背表紙のタイトルをざっと流し見しながら店内を歩いているとエリックが近づいてきた。オーブリーは少し離れた所で何冊か本を書架から抜き取っている。 「普段本は読むか?」 「⋯読むように見えるか?」 「ハハッ見た目だけなら窓辺で優雅に読書してそうだぞ」 顔を顰めたルゥをエリックは可笑しそうに笑う。絵画の中にいるような儚げな雰囲気を持つルゥは、確かに読書が似合わなくは無い。見た目だけは。 「文字は読むのも書くのも眠くなる」 どうも向いていないのか気付くと眠っている。前々からノエルに本を読め、知識を付けろ、とは言われてきた。が、なかなか手を出すことが出来ずにいた。 「面白い本に出逢えばそんなことは言ってられないさ」 「いや、面白いと感じるものは人によって違うからね。それを見つけるのは至難の業さ」 いくつかの本を持ったオーブリーが二人の元へ戻ってきた。ルゥは興味深げに机に広げられた本のタイトルへと視線を動かす。どうやらそのタイトルから様々な国の歴史について綴られたものであるようだ。 「私はどんなジャンルの本も読むが中でも小説や物語、創作されたものを好む。私には想像し得ない世界の話などは娯楽には丁度いい。だがリッキー、君は創作された話より事実が元となるものが好きだろう?」 「娯楽ってだけならおとぎ話も嫌いじゃないぜ?まあ俺は自分が見聞きしたものを第一に信じたいからな、実際に体験出来ない過去のことを想像する判断材料として歴史書は興味深い」 本に書かれた出来事が全て事実だとは思わない。その中のどれを信じ、または違う意見として扱うかは自分次第。だが、それらを判断するには情報が必要だ。 過去のことになればなるほど、人から伝え聞いた話には差異が生じるだろう。その点、本はその時代の言葉がそのまま後世に残る。 「この店にはその辺じゃお目にかかれないような昔の書物が流れ着く。なかなかに面白い」 自国の歴史であればそれぞれの国の王宮に沢山の書物が残っているが、長年戦争が続いた中で消えた歴史も多い。それらのことが記された本が稀に見つかることがある。エリックはそのような珍しい本を求めてランドニアに訪れた際は、この店を訪ねているようだ。 「たとえばこの本、約150年ほど前のものだ。多少文字が掠れた部分もあるがこれだけの状態のものは珍しい」 家人が絶え取り壊されることになった昔の貴族の屋敷の整理をしている際、発見されたものらしい。今でこそ本の複製技術が進み同じ本を他国でも手に入れる機会が増えたが、それもまだ比較的最近の話であり、年代が古い書物はその数自体がかなり希少なものである。それこそ貴族などそれなりに身分の高い者しか所有することは難しかった。 「だからここに記されたちょっとした当時の出来事も新たな発見があってなかなかに面白かったりするのさ。興味がでてきたか?」 そう言いエリックがルゥに本を手渡すが、パラパラと数ページ捲り静かに本を閉じた。確かに面白い何かが書かれているのかもしれないが、面白いと思えるより先に眠りについてしまう方が確実に早そうな程、中が文字で埋め尽くされていた。 そして何より150年前であれば獣人の中にも実際にその時代を知る者がいるし、ノエルならその頃は定住することなく旅をして歩いていた可能性もある。本を読むより更に広い知識と経験をしているだろう。 そう思えばやはり自分で文字を追うよりノエル達に話を聞く方が性に合っている。 何よりそこに人間との寿命の違いをまじまじと感じさせられた。獣人にとって100年程前の話は、懐かしさを感じる位には身近な時間なのだ。

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