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第3話

「ごめんね、課長の話が長くって。今どこ?」  そう羽田から連絡が来たのは、それから一時間ほど経ったころ。誰とも大した挨拶もしない手塚はその一時間ほぼ待ちぼうけだった。社内の目を避けるため、近所の喫茶店で時間を潰していた。 「工場の向かいの喫茶店にいました、これから出ます」 「あ、いいよいいよ、迎えに行くから」 『迎えに行く』という言葉に妙にキュンとしてしまい、手塚は頬を熱くした。言われたとおり待っていると、十分ほどで鐘の鳴る喫茶店の扉から羽田が現れた。 「お待たせ。行こうか」 「はい」  ああ、顔がいい。   手塚は一時間ぶりに拝む羽田の顔を、またもまじまじと見つめた。しかもさっき着ていたいかにもな作業用ジャンパーはもう着ておらず、ピンストライプのスリーピーススーツ姿。スーツ姿にも弱い手塚はクラクラした。  羽田が行きつけにしているという小料理屋へ連れて行ってもらうことになった。十分弱歩くらしい。並んで歩くのがなんだか変な気分だ。  案内されたのはこじんまりとした佇まいで、よく前を通っているのに見落としていた、そんな店だった。中年から初老にさしかかった男性が一人で切り盛りしているようだ。羽田がよく利用するという奥の席に通された。  スーツのジャケットを脱いでベストとワイシャツ姿になった羽田が眩しくて直視できない。 「じゃあ、まずは今年一年お疲れ様」  羽田がにこやかにジョッキを掲げるので、手塚も同じようにジョッキを掲げた。 「お疲れ様でした」  ジョッキとジョッキが軽くぶつかるガラス音が心地良い。このジョッキたちみたいに、俺も羽田さんとキスしたい、この時点でもうそんなことまで考えてしまう手塚だった。 「手塚くん、のこと。少し聞いてきたよ。畳職人になるために生まれてきたような子だってね」 「そう、ですか」  誰がそんなことを言ったのか知らないが、褒められているのかいないのかよくわからないため、リアクションに困ってしまう。そして手塚は羽田のことを何も知らないままだった。部署も、年齢も、何も。 「まだ四年目だけど筋がいいから将来期待できる、若手の育成に今後ますます力を入れていきたいってさ」  にこやかに語る羽田の、時折ビールを飲むときに上下する喉仏を、手塚は凝視していた。触りたいなあ、撫でたいなあ、舐めたいなあ。 「手塚くん?」 「え、あ、はい」 「大丈夫? ぼーっとして。お酒あまり強くないのかな」 「いえ、すみません、大丈夫です」  手塚はザルである。 「ところでね」  白子ポン酢を小皿に取りながら、羽田は切り出した。 「同僚の子が言ってたこと、あれ本当?」  やっぱり来たか、と手塚は息を飲んだ。もうなかったことにしてくれるのかな、なんて思っていたが甘かった。やはり詰問されるのか。 「はい。僕は昔からその、男の人しか好きになれないみたいで」 「そっちじゃなくって」 「え?」 「僕のこと、狙ってるの?」

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