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第3話

 朝陽くんが風呂に入っている間、夕飯の準備をした。  真下の部屋なんだから自分の家で入ってくればいいのに、朝陽くんはたまに僕の家のを使う。 『一分一秒でも長く耀くんと一緒にいたいから』と前に調子良く言われたけど、単に自室の掃除をしなくて済むからという安易な理由だろう。  鶏ひき肉をボウルの中で混ぜながら、修介くんに思いを馳せた。  隣の部屋には今、藤澤 景がいるのだろうか。  僕が買い物をしている間に家を出た可能性もあるけど、あの人が修介くんの部屋に足を踏み入れたのは事実だ。  テレビに出ているような人気俳優が、こんな田舎の1Kのアパートに来ただなんて誰が想像できるだろう。  朝陽くんと情報を共有したくてたまらない衝動に駆られるが、修介くんのために我慢だ。  それによく考えれば、あんな好奇心旺盛の金髪チャラ男に言ったとしたら面倒なことになるだろう。修介くんの部屋に突撃して『俺にも藤澤 景を紹介してよ』だなんて言い出しかねない。  鍋で鶏団子を茹でつつ、野菜をざくざく切っていく。  そんな最中、首筋に冷やりとした感覚を覚える。  朝陽くんに下から上へペロリと舐められたらしいと認識した途端、心臓が飛び跳ねた。  僕は首筋を押さえてすぐさま振り返った。 「ちょっと、いきなり何してんの!」 「んー、なんか美味しそうだったから舐めたくなって」 「僕はソフトクリームじゃない! 包丁で指切りそうになったでしょ!」 「ていうか鶏団子って自分で作ったの? すご」  話を逸らして、沸騰する湯の中を泳ぐ鶏団子を見ながら笑う朝陽くんは黒のボクサーパンツ一枚だ。硬く締まった筋肉とピンク色の二つの突起が目に入ってしまい、目のやり場に困って視線を逸らした。 「沢山作っておけば他の料理にも使えると思って」 「いやーすごい。さすが料理人だね。酒飲んでもいい?」  僕の返事を待たずして、冷蔵庫を勝手に開けて缶チューハイを取り出した。窓際に行って腰を下ろし、カーテンの隙間から入ってくる夜風にあたって火照った体を冷ましている。  片膝を立てるものだから、足の間の膨らみが見えてこっちが恥ずかしくなってしまう。  結局パンツ一丁のまま食事を終えた朝陽くんは、ソファーの背もたれに寄りかかってスマホをいじり始めた。まるで自分の家みたいにくつろいでいるのを見ると、行儀は悪い気がするがちょっと嬉しくなる。  朝陽くんはふと、スマホの画面を見つめたまま言った。 「あぁ、藤澤 景ってここの出身なんじゃん」 「え、そうなの?」 「今調べたら出てきた」  てっきりゲームでもしていたのかと思っていたけど。  朝陽くんもちょっと気になっていたのか。 「そっか、じゃあこっちに帰省してたのかもね」 「しかも結構近いのかもね。耀くん、そいつのこと何処らへんで見たの?」 「えっ……何処って」 「歩いてるところ見たんだろ? スーパーの近く?」 「うん、そうだよ。スーパーの裏の、公園のところ」  内心ヒヤヒヤだったけど、朝陽くんは訝しむ様子もなく「へぇー」と頷いた。  嘘を吐いたことに多少の罪悪感を感じる。まるで浮気をしたような気分だ。  僕は逃げるようにベランダへ出て、タバコに火を点けた。  紫煙を吐きながら、左隣の部屋を意識する。気配を探ろうとしたが、いるのかいないのかよく分からない。  しかし、灰皿でタバコを揉み消し、部屋の中に入ろうとした時だった。 「──あっ、やだぁっ」  ……テレビの音かとも思いたかったが、そうはいかなかった。  だってこの声、明らかに…… 「ほん、ま……ダメやって……んっ、あぁ……っ」  修介くんに間違いなかった。  普段彼は関西弁なのだ。 

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